老後資金を使ってしまった妻

分ける財産がないことを理解して、ようやく妻は、自分が老後の生活費を使ってしまったことを理解し、渋々ではありますが、この条件での離婚に応じました。長男に払う養育費や学費の取り決めも行い、Aさん夫婦は離婚しました。

離婚後、妻は長男と一緒に実家に戻りました。Aさんは定期的に長男と会っていますが、妻の実家はある程度裕福なため、生活に不自由はないようでした。

離婚届と結婚指輪
写真=iStock.com/yamasan
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別居し婚姻費用を払う方がメリットになることも

こうしてAさんは離婚することができました。

Aさん夫妻のように、毎月の生活費の負担が大きい家庭の場合、別居するとそれまでの生活費よりも婚姻費用の方が低い金額になることがあります。

婚姻費用は、夫婦双方の収入と子どもの人数に応じた計算方法に基づいて決まるので、あくまでケースバイケースになりますが、配偶者が生活費を浪費しているような場合は、別居して家計を分けて、基準通りの婚姻費用を支払うようにリセットできることは大きなメリットになりえます。

Aさん夫妻は役職定年を機に離婚に至りましたが、「金の切れ目が縁の切れ目なのか」というAさんの言葉は、役職定年で夫婦仲が悪化した当事者のつらさを表していると思います。

「定年退職後、家にいると家族から用済みのような目で見られてつらい」という話はよく聞きますが、役職定年によって、思ったより早くそのつらさを経験することになってしまうのです。

「お金だけでつながっている家庭」の行き着く先

金の切れ目は縁の切れ目なのか……。夫と家族がお金だけでつながっている家庭だと、そうなってしまう可能性があります。まずは、役職定年を迎える前に、自分の会社の制度をあらかじめきちんと理解して、収入が減ることを人生設計に入れておくようにしましょう。

とはいえ、役職定年以外にも、病気やけがで収入が減った夫が家族に冷たくされるようになるというケースが見受けられます。また、その反対に、家庭のピンチを機に家族の結束が強まるというケースもあります。

その分かれ目になるのは、それまでの家族との接し方なのかもしれません。家計の管理など、面倒なことやマイナスなことから目を背け続けていると、いざ家族が大きな問題に直面した時に、持ちこたえることができず、家族がバラバラになってしまいます。

普段からマイナスなことも共有して、対策を話し合っておくことで、大きな問題にも耐えられる家族になるのかもしれません。

30代や40代のうちは、マイナスなことに向き合わなくても、気力や体力で何とか対応できてしまいます。しかし50代になると、それまでおざなりにしてきたことのツケが回ってきます。その大きな一例が役職定年離婚と言えるでしょう。

特に家計の管理は家族にとって大きな問題です。若いうちから将来設計を考えて話し合い、いざというトラブルの時にも家族が結束できるようにしておきましょう。

堀井 亜生(ほりい・あおい)
弁護士

北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)、『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)など。