22年にわたりカメラを回し続け、2014年釈放の瞬間も記録

そもそも笠井監督が秀子さんに初めて連絡をとったのは、袴田事件を知った時に、巖さんが独房で母親など家族に宛てて書いた手紙の存在を知ったのがきっかけ。その実物を見せてほしいと連絡し、実物を実際に見て、触れて、読むうち、大きな衝動に駆られる。それは無罪かどうか以前の、もっと根源的な人間への興味からだった。

「隔離された独房の中で、誰の目にも触れず、声も聞かれず、明日死刑が執行されるかもしれない、そのために生かされている人が、今この瞬間もひっそりと息をしていると考えたら、何かせずにはいられない思いになりました。その人がどんな気持ちでずっと過ごしているのか、人間が生きるということがこんなことで良いのか、人間の有り様に対する哲学的な興味が湧いてきて、知りたい気持ちが大きく、動かずにはいられなかったんです」