性行為は難しいが子どもが欲しい
ビジネスパートナーのケンさんは、「収益が出るまで要らない」と無料のサポートに徹してくれた。自分の家族の力も当てにしなかった。
「父からの教えは『借金は、絶対にするな。出資もしない。親から金をもらうようなビジネスが成功するわけがない』でしたから。起業にあたっては不安というより、うまくいかなくても、すぐにクローズできるなという思いはありましたね。初めにお金をかけていないから」
1年目はもちろん、赤字。ただ、200万の補助金は大きかった。中村さんにとって忘れられないのは、最初の入会者とのやりとりだ。
「開業3カ月前から、オンラインで告知を始めました。友情結婚専門の相談所を開設すること、会費はゼロ、登録も無料。ただし身分証明書、年収証明書、独身証明書は提出してくださいって。でも内心、誰が申し込んでくれるんだろう、これだけの告知でって。本当に会員が集まるのかと、それが一番の不安でした」
2014年12月、初めての入会相談は、京王プラザホテルのラウンジで行った。
「30代後半のゲイの方でした。女性との性行為が難しく、でもパートナーと子どもが欲しいのと世間体から、という理由で。ネットで友情結婚を調べていたけど、自分で活動する勇気はなく、結婚相談所をするなら『ぜひ、乗っかりたい』と、すぐに入会してくれました。『応援しています』と」
中村さんはここで初めて、「あっ、できるかも」と確信を持った。
成婚第1号カップルの誕生
その3カ月後の2015年3月、「カラーズ」は正式に旗揚げとなった。中村さんはこの時、29歳。「20代のうちに何とか起業したい」という念願を、ギリギリで叶えた。
入会希望者も少しずつ増え、夏には男女合わせて50人の会員が集まった。
「最初は月会費をもらわず、お見合いが成立したら5000円をいただくという形でした。なので、1年目は売上が100万かそこら。まだ、形にもなっていないし、まずは入会数を確保することを最優先にしました。夏に会員が50人になり、この年の12月から月会費システムに。月5500円でしたが、それでも8割の方は残ってくださいました」
それにしてもまさか、月会費を取り始めた翌月に、成婚第1号カップルが誕生するとは! これこそ、誰もが思いもしない僥倖となった。
40代同性愛者の男性と、同年代のノンセクシャルの女性が結婚、高学歴・高収入という“パワーカップル”の誕生となった。「成婚の報告は電話でいただいて、嬉しくて涙が出たことを覚えています」
成婚事例が、もうできるなんて……。正直、半信半疑のところが全くないとは言えなかった。しかしここに、日本初(あるいは世界初と言えるかもしれない)友情結婚オンリーの結婚相談所は名実ともに、確かな一歩を踏み出したのだ。
動物的直感なのか、持って生まれた感覚に迷いはなく、ここから中村さんは、起業家としてはもちろん、セクシャルマイノリティ男女それぞれの、一つとして同じには括れない心の底からの思いに、正面から向き合っていく人生を歩み始めることとなっていく。
(後編へつづく)
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。