ハラスメントを発見できるのは大企業

【村中】職場のパワーハラスメントを防止する措置として、2020年6月から「パワハラ防止法(労働施策総合推進法)」が施行されましたね。2022年4月からは、大企業だけでなく中小企業も対象となりましたが、この措置は有効に機能しているんでしょうか。

【中原】ハラスメントへの関心が高まっていることは確かです。「一発アウト」のような厳罰処分が下される例も実際にありますし、ひどい暴言を吐くような人は少なくはなっていると思います。ただし、それは大企業とか、ハラスメント対策の仕組みが整っているごく一部の企業のことで、日本全国を見てみれば〈叱る依存〉的環境は相変わらずあふれているんだろうなと僕は思っています。なにしろこの国は、全企業数の99.7%が中小企業ですからね。ハラスメントは増加している。ないしは発見数が増えているので、表に出やすくなっていると思います。

【村中】勉強不足で恐縮ですが、大企業では具体的にどういったかたちでチェック機能が働くのですか?

【中原】大企業の場合、社内の異変を見つけるための仕掛けが入っていることが多いです。また通報制度もありますよね。エンゲージメント・サーベイ(組織の状態を可視化する診断ツール)を入れているとか、従業員満足度調査を行っているとか、定期的に1on1ミーティングを行っているとか。

たとえば、それまでは職場満足度がかなり高かったのに、管理職が代わったら満足度が急落したというようなことがあると、人事は管理職を呼んで面談をする、というように介入していくことができます。

また産業医がいますから、身体の健康だけでなくメンタルヘルスについても相談しやすい体制があります。メンタルをやられる人が多い職場があれば、その報告も上がってきます。異変が検出されやすい構造やしかけは、中小企業よりは存在しています。

1on1
写真=iStock.com/AscentXmedia
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【村中】社員の反応を吸い上げる仕組みがあることで、問題があったときに客観的に検知しやすい、気づきやすいんですね。

【中原】中小企業は組織サイズが小さいため、そういった仕組みが構築されにくい環境です。

それ以前の話として、そもそも基本的な組織体制が整備されていないようなこともけっこうあるんです。従業員20~30人ぐらいの会社に行くと、組織図が描けないとか、給与体系が明確に整っていない、といったことがざらにあります。「給与は社長が決めてます、以上。」といった企業も非常に多いのです。

村中直人『「叱れば人は育つ」は幻想』(PHP新書)
村中直人『「叱れば人は育つ」は幻想』(PHP新書)

典型的なファミリービジネスの場合、ワンマンな社長がいて、その家族か親戚がかたちばかりの役員を務め、その下に管理職がいて、あとは従業員という構造です。管理職といっても、営業成績を上げて登用されるといったことが多く、マネジメント研修なんかも受けたことがない。結局、社長の思いつきやこれまでのなりゆきで、なんとなくまるっと運営されている感じのところが多いんです。

【村中】なるほど、秩序を維持するための体制が整っていない。それでは、歯止めとなる仕組みどころか、問題行動があっても表に出てきにくいですね。

【中原】ファミリービジネスの一番の問題点は、ファミリーであるがゆえに代替できないことです。社長や親族がパワハラ体質でも、クビをすげ替えることができませんから。

単純に企業規模の大小だけの問題ではなく、この国ではまだまだ「従わせるスタイル」のリーダー像が健在です。そこがもっと変わっていかないとダメでしょうね。

村中 直人(むらなか・なおと)
臨床心理士、公認心理師

1977年、大阪生まれ。公的機関での心理相談員やスクールカウンセラーなど主に教育分野での勤務ののち、子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、発達障害、聴覚障害、不登校など特別なニーズのある子どもたちと保護者の支援を行う。現在は人の神経学的な多様性(ニューロダイバーシティ)に着目し、脳・神経由来の異文化相互理解の促進、および働き方、学び方の多様性が尊重される社会の実現を目指して活動する。『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國書店)、『ニューロダイバーシティの教科書』(金子書房)など、共著・解説書も多数。一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理、Neurodiversity at Work 株式会社代表取締役。

中原 淳(なかはら・じゅん)
博士(人間科学)、立教大学経営学部教授

1975年、北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部を卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などをへて、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。『職場学習論』『経営学習論』(ともに東京大学出版会)、『研修開発入門』(ダイヤモンド社)、『駆け出しマネジャーの成長論』(中公新書ラクレ)、『フィードバック入門』『話し合いの作法』(ともにPHPビジネス新書)など、共編著多数。