※本稿は、リサ・サン『なめられない品格 誰からも信頼されるようになる8つの力』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
タメ口で切り出されて迎合してしまう自分
それは「資産運用はお考えですか?」という電話セールスに誘われて赴いた銀行の応接室でのことだった。
担当を名乗る若い女性が「全国各地の店舗に引っ張りだこなので本店にいる機会が少ないのですが……」と上司を部屋に招き入れた。私よりもやや年上のその男性は「それでさ、そもそも株とか不動産とかどれくらい経験があるの?」と、開口一番、尋ねてきた。
かーっと身体が熱くなる。私は顧客としてここにいる。若いときから20年、一生懸命に働いてこつこつと貯めた相応の金額をこの銀行に預けている。それにもかかわらず、敬語でなくタメ口で、かつ、上から目線のこの切り出し方。そこには私へのリスペクトが一切ない。だが本質的に絶望したのは次の瞬間だった。
「ぜんぜん経験ないんです。ぜひ教えてください」
ふさわしい扱いを受けていないと抗議するでもなく、自分の知識を毅然と説明するでもなく、必要以上の無知を装って迎合している自分がいた。
今までに同じような経験を何度もしている。ひとりでタクシーに乗ったとき、講演の前に頭の整理をしておきたいのに運転手さんの馴れ馴れしいおしゃべりに付き合ってしまった。コメンテーターとして出演しているテレビでも、誰よりも準備をしているという自負があるのに、私のところであまり時間を取ってはいけないと焦って早口になってしまう。
この本を読みながら、目を覆っていた鱗が剥がされていくのを感じた。いつも正当に評価されていないと思い込んできた。違うのだ、自分を過小評価し、安っぽいものに見せてしまったのは自分自身だった。
内側から見いだす「品格」という名のドレス
それは私だけではない。周囲の優秀な女性たちの多くは、コミュニケーション力に富み、献身的で自ら手を動かすことを厭わない。だが、ワンランク上のキャリアへと向かう坂道で、リーダーシップ、インパクト、イノベーティブな能力……表現は違えど「何かが足りない」と宣告されている。
それならばと、従来、男性的とされてきた剛腕で強気な態度を身につけようとしても、そういう“借りてきた能力”は肌になじまない。不自然だったり、空回りして、悪循環に陥っているのを目にしてきた。
この本で、リサは「私たちに足りないのは『品格』だ」と語りかける。
勤勉で謙虚な女性の地位を引き上げてくれるもう一味は、強烈な個性でも強力なコネでもなく、「品格」なのだと。押しの強いリーダーとか、アグレッシブなマネージャーとか、自分の中にまったくない人格をつくり出す必要など実はどこにもなかった。
答えは常に内側にある。私たちの中には輝くような才能が備わっている。それに気づいて、大事に育ててあげればいい。それがあなたに確固たる芯を与え、ごく自然な所作の中に滲みだす確かな自信があなたを包むオーラとなる。
そう、この本の方法を実行すれば、最終的に私たちは「品格」というドレスを身にまとって、高みへと続く一歩をともに踏み出せるだろう。
(筆者=山口真由:序文より)