謝礼を「差し上げます」は正しい?

Q:「執筆料として5万円を差し上げます」という言い方は、おかしいのでしょうか。

A:グレーゾーンですが、謝礼などを支払うときにこのような言い方をすると、気分を害する人も少なくないことは知っておいたほうがよいでしょう。

「差し上げる」は、「与える・やる」という意味を表す謙譲語です。自分から相手に物を渡すことを表すのに「差し上げる」という謙譲語を使うという点では、まちがっていません。

ですが、「差し上げる」を使うときには、ほかにも注意点があるのです。

たとえば、「イベント主催者が来場者に対して」という場面で「記念品としてキーホルダーを差し上げます」と言うのは、まず問題ありません。それに対して、「出版社が執筆者に対して」という場合に「執筆料として5万円を差し上げます」と言うと、ひっかかりを感じる人が多くいます。このことは、ウェブ上でおこなったアンケートの結果にも表れています。

これは、なぜなのでしょうか。

聞き手に何らかのメリットが生じるか

「差し上げる」は、「それによって聞き手に何らかのメリットが生じることを、話し手が期待している」態度をおもてに示すような状況で使われるのが典型的です。「キーホルダー」の例で言えば、それを受け取ることは聞き手(=キーホルダーをもらう人)のためになるはずだ、という話し手の前提があります。

それに対して「執筆料」の例の場合、そのお金を受け取ることはもちろん聞き手(=執筆料の受け取り手)のメリットになるのですが、それ以前にそれは正当な「労働の対価」です。

正当な権利であるのにもかかわらず、「……5万円を差し上げます」という言い方で「これで聞き手にメリットがあるはずだ」のような態度をおもてに出すのは、日本語では不適当です。

「どうだい、お金もらえてうれしいだろう」といった悪印象が生まれかねません。「5万円をお支払いいたします」と言ったほうが、礼儀正しく感じられます。

同じように「(~して)差し上げます」という言い方にも、注意が必要です。「傘を貸して差し上げましょうか」と言われたとしたら、やはり「押しつけがましさ」を感じてしまいます。「傘をお貸ししましょうか」のほうが、謙虚な印象を受けます。

さて、「安くして差し上げますよというような言い方は、どのように言いかえたらよいでしょうか。ここまで読んでくださった方々はもう、教えて差し上げなくてもおわかりですよね。

※ なお韓国語では、これに相当する言い方が普通になされます〔塩田雄大(2022年)「似てるからって油断するなよ―日本語「差し上げる」と韓国語「トゥリダ」―」(椎名美智・滝浦真人編『「させていただく」大研究』(くろしお出版)〕