2月にロシアの反体制派アレクセイ・ナワリヌイ氏が獄死し、妻のユリアさんは3月17日開票の大統領選で反プーチン運動を呼びかけている。ユリアさんについての報道を調べた今井佐緒里さんは「主婦だったユリアさんは4年前にナワリヌイ氏が毒殺されかけたとき、メルケル首相に助けを求めてドイツに夫を運び、命を救った。それ以来、彼女は欧米でも有名になり、『強い女性』というイメージで知られるようになった」という――。
欧州議会で演説するユリア・ナワリヌイ氏。フランス、2024年2月27日
写真=EPA/時事通信フォト
欧州議会で演説するユリアさん。フランス、2024年2月27日

2020年に夫が毒殺されかけ、ユリアはプーチンに手紙を書いた

2020年8月20日、シベリアのトムスク発モスクワ行きの飛行機の中で、夫アレクセイは突然苦しみだした。
 このときの様子は携帯で撮影された。彼が苦しみ叫ぶ声が、ドキュメンタリー映画『ナワリヌイ』の中でも生々しく登場している。
 ちなみにカナダ人ダニエル・ロアー監督のこの作品は、第95回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した

ユリアのツイッター(現X)やインスタグラム(現在ロシアでは禁止されている)での発信は、欧米のメディアでよく引用された。
特にツイッターに投稿した、プーチン大統領へ宛てた手紙は大きな話題になった。

「私は、アレクセイ・アナトリエヴィチ・ナワリヌイにはドイツ連邦共和国における適切な医療が必要であると信じています。8月21日正午から、トップレベルの監督の下、アレクセイをただちに搬送するあらゆる機会が与えられました」と書き、ドイツからの医師が到着して、搬送準備が整ったことを簡潔に指摘している。そして夫をドイツに移送する許可を求める形で「あなた(プーチン大統領のこと)に正式に訴えます」と発信したのだ。夫が倒れた翌日、21日のことだった。

同じ日に、記者会見が開かれた。政権側のペスコフ報道官は、この事件に対し、搬送するか否かは医者の判断である、ナワリヌイ氏の病気は調査中である、という主張を繰り返した。そしてナワリヌイ氏の代理人から訴えは受け取っていない、SNS上にメッセージがあっただけと述べた。

この頃はまだ、ロシアには言論の自由がなんとか機能していたのだ。独立系メディア『メドゥーザ』等だけではなく、ロシアの有力経済新聞『コメルサント』も、中立的な表現ではあるがこの事件を報道していたし、米CNNなどの外国のメディアも、ペスコフ報道官に質問ができる状況だった。

ロシアの医師団が毒殺計画を隠蔽しようとするのを痛烈に批判

ユリアは、ロシアの医師団が、化学物質の検出を防ぐためにナワリヌイ氏の移送を遅らせたとの見方を示した。

ナワリヌイ氏の側近ボルコフ氏は、移送に協力的だった医者たちが、突然協力するのを拒みだしたと述べた。「まるで治療モードがオフになって、隠蔽いんぺい工作モードがオンになった感じだった。妻にさえ情報を提供するのを拒否した」。

ロシアの医師レオニード・ロシャロ氏は、アレクセイの症状の原因を解明するために、ドイツとロシアの共同の専門家グループを設立するよう提案した。しかし、ユリアはインスタグラムに書いた。「私の夫はあなたの所有物ではありません」。

そして、ドイツとは異なる、ロシアの医療の体質を批判した。「ロシアの病院に患者が入院すると、突然、地元行政がその患者を自分たちの所有物だとみなしていることが判明します」「そして同時に、親族を欺き、患者に会わせず、自分たち独自の裁量で規則を発明し、文字通り病院をロシアの刑務所の類似物に変えるのです」。

さらに、近年のロシャロ医師の公の活動は、彼を信頼する理由にはならないと指摘した。「あなたは医師としてではなく、国家の代弁者として行動して」いると批判した。「特にそのような立派な年齢で、自分の魂に罪を負わせないでください」と結んだのである。