「自発的に子どもを持たない人」ばかりではない

子どもを産まない理由を説明するときに、個人の選択に焦点を当てることが多い。キャリアを優先したから、身軽な生活を楽しみたいから、だから選択によって母親になることを拒否したのだと。

しかし実際には「自発的に子どもを持たない人」のパーセンテージは非常に少ない。産んで育てるための条件に強い制約があるために選ばざるを得ないケースや、子どもを望んだのに授からなかったケースが少なくないのだ。

また、自由とは、産むことを拒否する能力を意味することもある。1970年代のレズビアンの分離主義コミュニティでは、産まないことが政治的メッセージとなった。

「すべて」の定義は自分で決める

ペギー・オドネル・ヘフィントン『それでも母親になるべきですか』(新潮社)
ペギー・オドネル・ヘフィントン『それでも母親になるべきですか』(新潮社)

女優のジェニファー・アニストンは「私たちは、完全になるために結婚したり母親になったりする必要はありません。自分の『めでたしめでたし』の物語は、自分で決めることができるのです」と、女性が子どもを持つか否かだけで大きく定義されてしまうことへの不満を表明した。

また、興味深いことに、1980年代に『すべてを手に入れる(Having It All)』というタイトルの女性指南本を出し、「すべてを手に入れる」という言葉を世間に浸透させたヘレン・ガーリー・ブラウンにとっての「すべて」の定義は、愛と成功とセックスとお金であり、子どもは念頭になかった。

現代では多くの文脈で、「すべてを手に入れる」とは、キャリアを維持しながら結婚して子どもを産むことを指す。しかし「すべて」の定義は自分で決めてよいのではないか。「私らしく生きる」ことが「すべてを手に入れる」ことと同義であってもよいのではないか。翻訳を終えた今、そんなことを思った。

キーワードは「連帯」

冒頭に書いた「溝」がどんなに深く掘られていようとも、私たちが「コミュニティ」という、弱まってしまった根っこを育てなおし、社会支援という栄養を与え続けることができれば、再び根を張りながら支え合うことができる。

生物学的生殖に依存しない子どもとコミュニティのケア、「マザリング(母親をする)」に注目したい。地域全体で次世代を育てる感覚が持てれば、溝は浅くなっていくはずだ。

大きな話題を呼んだ『母親になって後悔してる』(オルナ・ドーナト著、2022年)に続いて、『それでも母親になるべきですか』を翻訳させてもらった。別のテーマ、別のカテゴリの女性を扱った本のようでありながら、合わせ鏡のようにも感じられ、キーワードとして「連帯」という言葉が浮かぶところも共通していた。

鹿田 昌美(しかた・まさみ)
翻訳家

国際基督教大学卒。『母親になって後悔してる』(オルナ・ドーナト著、新潮社)、『なぜ男女の賃金に格差があるのか 女性の生き方の経済学』(クラウディア・ゴールディン著、慶應義塾大学出版会)など70冊以上の翻訳を手掛ける。また著書に『「自宅だけ」でここまでできる!「子ども英語」超自習法』(飛鳥新社)がある。