夫に届いた招集令状

自分(だけ)のお店を持つという夢とは異なる形で開業することになったわけだが、二郎さんは、店の切り盛りをシツイさんに任せてくれた。

ヒカリは大繁盛し、見習いの弟子も入り、すでに免許を持っている職人も2人入った。念願のお店を持ち、長女と長男も生まれてシツイさんは幸福の絶頂にいた。しかし、時代は軍部の台頭によって風雲急を告げていた。昭和12年には、盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が始まり、昭和13年に国家総動員法が成立。日本軍による真珠湾攻撃は、昭和16年の12月8日である。

「お父さんに招集令状が来たのは、昭和19年の7月17日でした。店の向いに『公民館』という屋号の本屋さんがあってね、そこの旦那さんが入隊と除隊を3回も繰り返していたから、私はうちのお父さんも1、2年で帰ってくるものだと思っていたんです」

2人の子を両腕に抱えて号泣する夫

出征の日、見送りの人たちが集まってきたが、二郎さんは店の二階からなかなか降りてこなかった。シツイさんが二階に上がって「見送りの方が来てますよ」と声をかけると、長女と長男を両腕に抱えて、号泣していた。

「両腕が塞がっているから、鼻から涙が垂れるぐらい泣いていました」

出征の翌々日、宛名も差出人の名前もない葉書がひかりのポストに入っていた。書かれていたのは「12時30分新宿駅通過」という文字のみである。

「きっと、誰かに託したんだと思いますが、名前は書けなかったんでしょうね。この時刻に新宿駅に来てくれという意味だったんでしょうが、間に合いませんでした」

これが、二郎さんからの最初で最後の音信になった。

後編に続く)

山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター

1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。