注意したりはできないかもしれない
スタッフに通報されて見張られているのにまったく気づかず、また隣の店の女子学生に話しかけ始め、楽しそうにしている男性。
そんな男性の2メートルくらい離れたところから無表情で見つめるオレンジのジャンパーを着たスタッフたち。猟友会に捕らえられる寸前のイノシシにしか見えなくなって、急に悲しくなってきました。
私は「早く次に行こうよー」と言う子どもたちを待たせるのをやめて、その場を去りました。
確認はしていないのですが、おそらく、スタッフも直接男性に注意したりはできないだろうと思いました。
ただ話しているだけだし、何十分も話しかけてるわけじゃないから、注意の対象にはならないでしょう。
つまり彼は「ギャラリーストーカー対策」のポスターを見ていた客によって「該当しそうである」と判断され通報され、見張られたり要注意人物として認識されたことを知らないまま、たくさんの女の子と話せたキャバクラ的楽しさを胸に(他にも卒業生としての感想もあるだろうけども)帰路に就くのだろうと想像しました。
弱い立場の者から自分が欲しい部分だけをかすめとる
話しかけること自体は罪ではありません。場合によっては卒業生だと明かす必要もあるでしょう。こういう場は、売買以外のコミュニケーションも生まれます。
でも、それはここではあくまで作品を通して、のことです。
勝手に婚活パーティーを開催していたあの男性は、明らかにそういうのとは違いました。
痴漢行為は「窃触障害」という障害によるものだという見方がされています。この「窃触」という言葉に注目すると、一方的に体に触れたり自分の体をこすりつけたりすることで相手の尊厳を傷つけ、恐怖を与え相手の「安心して生活する権利」をも盗む、という意味だと解釈できます。
ギャラリーストーカーを筆頭とした、自分より弱い立場の者から自分が欲しい部分だけをかすめとっていく行為は、被害側だけが猛烈に疲弊します。
さらに周りからは理解されづらく「話しかけているだけでしょう、何を大げさな」と言われたりします。
だけど「大げさ」というのは強者から見た印象です。作品に興味がある素振りで近づいてきた人が、実はこちらの若さや肉体や属性にだけ興味を持っていると気づいた瞬間のあの嫌な感じは、尊厳を傷つけられた痛みであり、作り手としての安全に作品を発表する場や時間を盗まれることで湧いてくる嫌悪感です。
対策委員会スタッフのすばらしい対処
そういった、部外者からは非常に分かりにくい被害を防止するため、こうしてみんなで見張るという体勢ができていることが本当にすごい!
通報をしっかり受け止めてくれて、応援を呼んで自分たちの安全を確保した上で、冷静に状況を見定めるスタッフの人たちの連携は、現状のギャラリーストーカー問題でできる対応を鑑みて、最も的確で完璧な対処だと感じました。
そんなふうに私はずっと「あのオレンジのジャンパーを着ているスタッフたちは一体、どういう人なんだろう? すごいなあ、プロなのかな、若い人たちだったけど」などとのんきに思っていたのです。武蔵美が雇っている警備バイトの人たちなのかな? とか思っていたのです。
ところがオレンジジャンパーの彼らは、現役の武蔵野美術大学の学生であると、あとで知って心底仰天しました。