特別支援の対象にはならない

読者のみなさんは、このようなTくんに対して、できれば特別支援学級に編入し、Tくんの特性に合った学校生活をサポートしていくことが望ましいと考えないでしょうか。

しかし、実はTくんは知能検査では境界知能域に相当しましたので、特別支援学級のレベルではなく通常学級のままで授業を受けることになりました。このレベルでは特別支援の対象にはならないことが、学校教育では通常のようです。ですので、点数があまりよくなくても、最初から先生に「知的障害があるのでは?」とはなかなか思われないのも、事実なのです。

厚労省が把握する以上に知的障害者は多い

知的障害は、児童相談所や病院などで知能検査を受けることでわかります。ただし、目立った困りごとがなければ、そもそもそういった機関に相談にも行きませんからますます気づかれないままです。

宮口幸治『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』(SB新書)
宮口幸治『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』(SB新書)

知能指数は基本的に正規分布(平均値の度数を中心に、正負の度数が同程度に広がる分布)に沿っていますので、統計的には、日本の人口の約2%(約250万人)の人がIQ70未満に該当し、知的障害の可能性があることになります(2023年時点の日本の人口は1億2477万人)。

しかし、厚生労働省が把握している知的障害者は1%未満です(2016年の厚生労働省の調査では、総人口1000人当たりの知的障害者は9人)。2000年代までさかのぼると0.5%もいませんでした。

つまり、知的障害のある人は、厚生労働省が把握する人数よりも多いと推計されます。では、なぜ調査で把握された人数のほうが少ないのかというと、楽観的な見方をすれば、社会の中でうまく生活できていて、診断を受ける必要がないのかもしれません。しかし悲観的に見れば、障害があって困っていても気づかれずに支援の枠から外れてしまっている可能性もあるのです。

なお、厚生労働省が把握している知的障害者というのは、療育手帳所持者の推計値です。この手帳は、自治体によって「愛の手帳」(東京都・横浜市)、「愛護手帳」(青森県・名古屋市)など呼び名が違う場合があります。

療育手帳を取得するメリットは、各種福祉サービスを受けられる、障害の証明(「障害者割引」を受けられる)、「障害者求人」への応募が可能になることなどが挙げられます。この療育手帳を取得する必要がないということは、福祉サービスを必要としていないとも受け止められてしまうこともあります。しかし、困っていないから療育手帳がいらない、というのならばまだいいのですが、本人も周囲も困りごとの原因が、知的障害にあることに気づいていない場合があります。

「私はどうして勉強ができないんだろう?」
「どうして仕事がうまくできないんだろう?」

などと困っていたとしても、それだけで知能検査を受けに行く人など、ほとんどいないのが現状です。

落ち込んで顔を伏せる子ども
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです
宮口 幸治(みやぐち・こうじ)
立命館大学教授

日本COG-TR学会代表理事。京都大学工学部を卒業。会社勤務後、神戸大学医学部を卒業。精神科病院、医療少年院勤務を経て、2016年より現職。医学博士、子どものこころ専門医、日本精神神経学会精神科専門医、臨床心理士。著書『ケーキの切れない非行少年たち』が大ベストセラーになる。