家族の心を契約で縛ろうとする理由

令和バージョンのモラハラ夫、キーワードその3は「共感力の低さ」。他者の気持ちがわからず、ツールを使って人の心を操作し縛ろうとする人間的共感力の低さは、時に滑稽ですらある。

無口で頑固、頭が固くて家事育児など自分がする発想もない、古くさいタイプの士業の夫のケース。叱ったり嫌味を言ったり、家族にネガティブな態度しかとらないため、夫は子どもからも妻からも煙たがられていた。子どもが野球に打ち込むと「どうせプロになんかなれないんだから時間の無駄だ、勉強しろ」、誕生日やクリスマスを祝えば「こんな無駄なことをして、誰の金だ」という調子である。

ところが、ある日いつものように妻と子どもたちが外食から帰宅すると、リビングで酔い潰れていた夫が「合意書」と題された書類を差し出して「サインしろ」と家族に署名を求めてきた。そこには「家族として、円満に過ごす」「父のおかげで生活できていることに日々感謝する」などの項目が。家族は酔った父親を怒らせないようにと恐る恐る署名をするが、むしろ腫れ物を触るような扱いをするようになり、今度は「合意書違反だ! 全く円満になっていない!」と怒った夫がさらなる合意書を突きつける。

「家族の誕生日にはパーティーを開く」「年に一度、家族旅行を開催して積極的に参加する」「常に父を尊敬する」、さらには「夫婦として、月に3回の性交渉を確約する」とまで書かれ、自分が変わるのではなく家族の心を書面上の契約で縛ろうとする姿に恐怖を感じた家族は家を出たのだという。

「愛されないのは自分のせい」という反省がなく、相手の愛情を契約で無理やり自分に約束させるという哀しさ。もっとも身近な家族の心すら理解できない父親は、その共感力の低さで家族を自ら遠ざけていったのだ。

令和になってもなくならない「モラハラ」

時代が変わっても決してなくなりはしない、夫婦間の精神的暴力。「モラハラ」のポップな響きに隠されているのは、感情がエラーを起こしたまま過激化していく精神的暴力や支配の残酷さだ。

被害者である妻たちは、夫の帰宅が近づくと恐怖で動悸どうきがしたり、投げつけられた罵倒を思い出して過呼吸になったりするほどのトラウマを負う。そんな関係性は正常じゃない。

真夏のホラー話のようなモラハラ夫の実態は、著者の堀井亜生さんによるプレジデントウーマンオンラインでの連載でも読めるようになったので、ぜひ書籍も連載もご覧いただき、さまざまなモラハラのケーススタディーで理解を深めてほしい。

河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト

1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。