総合職女性は長い間、制限を受けてきた
社会はまことに勝手なものです。
世代人口が多くて、男性だけで仕事を賄えた昭和期には、女性たちは「働かない」ことを要請されました。同時に、産業界・教育界は足並みをそろえて、女性が「お嫁さん」になるよう水をももらさぬ体制が確立されていきます。
ところが、不況により企業経営に暗雲が漂い、事務職採用を閉じると、短大卒→一般職という道が閉ざされ、女性は4大に進学し、総合職として働くようになりました。。こうして2000年台初頭に、女性総合職のボリュームゾーンが生まれます。この「フロンティア」女性たちは、何の準備もないままに、男社会の荒波に放り込まれたといっても相違ないでしょう。
ずいぶん長い間、雑な扱いや、逆に「過剰な配慮での過保護」、内勤職への職域の限定などを受け、男性並みの働き方ができるようになるまでには、時間がかかりました。
働き方だけでなく、待遇や環境も男性用に作られており、女性は結婚か出産で辞めるのが会社の常識でもあったため、子育て女性が働くのは至難の業となります。急仕立てで短時間復職制度などを設けたものの、その煽りで仕事が増える周囲の女性などから反発を受け、本当に生きづらい時代を過ごしました。
大きく改善したのは2010年代半ばから
そうした無理に無理を重ねた状態が、2010年代の半ばから、急変していくことになります。総合職女性がマイナーな存在でなくなるにつれて、会社の中で確固たる市民権を得、同時に会社は彼女らなしに業績を上げられなくなっていくからです。
たまりにたまった澱が、堰を切って流れ出すかのように、近年、さまざまな「女性活躍」の流れが生まれています。それは、先進国に比べればまだまだの水準ではあるのですが、着実に前進しているのも事実です。
ただ、企業はようやく変わり始め、家庭内でも平等化が騒がれ出した時流の変化の中で、独身女性は蚊帳の外に置かれ続けました。
そのことが、少子化の決定的な要因になっていきます。