西欧からの常識的な良識をありがたがる「出羽守」パラダイム

本稿は大部分が、らいてうと晶子の「母権×女権」論争に終始しましたが、この問題を振りから、いくつか重要なポイントが見えてきます。

まず、時代の圧倒的な支持を受けたらいてうの意見が、今から見ると、古臭く差別的なものでしかない、ということ。

これが一つ目の大きな示唆。

翻っていえば、現代人が「開明的」と思う論調も、同じ危惧があり、時代を下った未来人たちからは、わらわらわれる可能性があるでしょう。多くの現代人に支持される意見とは、「現代という一瞬」の常識に過ぎないということです。

そして、こういう「時代を代表する卓見」というのはいつの時代も、欧米からの直輸入というのが、悲しいところです。あのエレン・ケイやトルストイが言うのだから、「性別役割分担論」は正しいと、らいてうほどの人が語る様子。似たような風景が、今も論壇で日々繰り返されています。そんな「出羽守(何かというと”欧米では・・”という人たち)」が古来日本では、幅を利かせ続けているのでしょう。

時代に収まる良識より奇説珍説が案外正しい

二つ目は、現代から見ても正しく感じる普遍的正論は、時代が早すぎると「理想論」、下手をすると「奇説珍説」と扱われ、大衆からはそしられるということ。性別役割分担を忌避し、男女平等を強く説き、全体主義的国家運営につながる国家保障政策に危惧を感じた晶子の論は、時代の支持を受けず失速しがちでした。同じことは、20~30年前にも「今からすれば当たり前の」男尊女卑批判を唱えた田嶋陽子女史が、男性コメンテーターの並ぶバラエティー報道番組で嗤いものにされていたことなどを彷彿とさせます。

今でこそ、ルッキズムや性の商品化などが当たり前に批判され、ミスコンを中止にする大学も続出しています。こうした点について、50年も前に、上野千鶴子女史は『セクシィ・ギャルの大研究』で既に問題視していました。ただ、その頃、彼女の言説を支持した人がどれほどいたでしょう。

類似する話は枚挙にいとまがありません。

私たちが現在、「開明的」と思っている良識さえ、現代の常識の最先端にあるに過ぎないのでしょう。案外、いつの時代でも、奇説珍説と笑われ、蔑まれ、憤りをぶつけられている意見こそ、普遍的には正しいのかもしれません。

そんな「常識的な良識」と「開明的な奇説珍説」という言論パラダイムを、ぜひとも心してほしいところです。

海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト

1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。