そして中学生のとき母はみずから命を絶った
私が中学2年生のときに、母は結局、自殺をしてしまうんです。ですから、信仰のために良い人間であろうとしているのはわかるんですが、結局、そんなふうに人間はなりきれないという問題で、すごく葛藤していた人じゃないかという気がします
母の不満のおもな原因は、父にありました。「信じるって言ったくせに一緒に信仰してくれなかった」ということは、ずっと恨みに思っていたようです。あとは、やはり母がお題目をあげていると、父は「そんなものを拝むんだったら、俺を拝め」と、酔っぱらっているからなんですけど、邪魔したりしていました。母はそれがすごく嫌そうでした。私が見る父の姿は、つねに酔っぱらいでした。とにかく父と母がまともに会話しているのを私はほとんど見たことがなくて。冷えきった夫婦だったと考えています。
母に殴られても「可哀そう」としか思えなかった
宗教2世には親を恨んでいる人も多いですが、私の母があまりにもいつも泣いていたから、どうしても悪く思えませんでした。母に突然、タオルを振りまわされ、殴られたことがありますが、母のほうが「とにかく被害者です、私は」という態度を見せてくるので、私は母のイメージ通りに自分が加害者のような気がしてしまって、良い子になれない自分が悪いと考えて、お母さんが可哀そうで可哀そうでしょうがなかったんです。それに、母はなんでこんな不幸なんだろう、母は可哀そうだと思っていた矢先に死んでしまったので、本当に可哀そうなのが確定してしまったんです。
ですから、母に対して嫌いというマイナスの感情を持つことに時間がかかりました。母の被害者感情は父の不信仰だけに由来していません。教団内も関わっています。母は、「聖教新聞」を自分で配達する係だったり、あと、人前に立ってしゃべったりする役割だったんですが、そんなふうに仕事を押しつけられて、教団の活動が嫌で泣いていることもありました。そういうのを見ると、結局この人は学会を信じてもいないんだなとわかって、それで私はびっくりして。なんで信じてもいないのにそこにしがみつこうとするんだろうか、というのをずっと不思議に思っていました。