認知症の人の平日の居場所

日本へ帰国する前にオランダが先進国といわれている「ケアファーム」にも訪れた。オランダのケアファームは、介護などを必要としている人々に、居場所を提供する農業生産者・法人のことを指す。日本では農業側の人手不足と、障害者などの「働き口が見つからない」という双方のニーズをマッチングできる「農福連携」が注目されているが、日本の「農福連携」は就労に焦点があるのに対して、ケアファームは福祉が主軸である。

オランダ南部のHaaren(ハーレン)という町の住宅地に溶け込むケアファーム「Tuin de Es」は80種類の野菜とハーブを育てている。ケアファームの一角には売店があり、近所の住民が野菜やハーブティーを求めにやって来る。

オランダのケアファーム
筆者撮影
オランダのケアファーム。売店には近所の住民の姿が。

ここで働くのは精神に障害があるなど「働きづらさ」を抱える人たちだ。

「ここには立ったり、座ったり、多種多様な仕事があります。働く人たちがそれぞれできることを担っているんです」

オランダの大学で農業経営学を学びケアファーム事情に詳しい森田早紀さんはそう話す。

「Tuin de Es」は毎週火曜日~金曜日には高齢者と認知症の人が通うデイケアとして開放し、彼らの居場所となっている。

「雑草や虫など、一般には排除される要素も、農業のやり方によっては土づくりや生態系の重要な要素になる。その考え方はケアファームの考え方にも通じる」と森田さんは語った。

日本各地で始まっている認知症の人の「居場所」づくり

我が国では2019年、認知症に関する施策の指針となる「認知症施策推進大綱」を示した。これまで各省庁横断的に進めてきた「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」をさらに推し進めたもので、認知症になっても地域で安心して暮らせる「共生」と、認知症の発症や進行を遅らせる「予防」を車の両輪と位置づけている。団塊の世代が75歳以上となる2025年までを対象期間としており、今年はその中間期にあたる。これまでの振り返りと促進を行う重要な年度だといえる。

認知症の人が道に迷った際にサポートする地域の取り組みも各地で広がっている。例えば、横浜市港北区の「かえるネット」は認知症の人が道に迷った際に早期に身元確認を行い自宅に帰れることをサポートするシステムだ。行方不明になるおそれがある認知症高齢者や若年性認知症の人が対象で、連絡先などを記載した「かえるシート」の情報を区役所、地域包括支援センター、港北警察署で保管管理し、保護された際の照会に役立てている。

多大なコストをかけず市民自らの工夫で認知症の人の居場所づくりも各地で始まっている。

医療・介護に囚われない各産業の介入をはじめ、ソーシャルエンタープライズ(社会的企業)の参加、テクノロジーを活用したシステムの構築など期待したい分野は多い

「認知症になったら周囲に迷惑をかけたくないし、一人で生活できないから隔離された所で暮らしたい」「 認知症になってもできうる限り住み慣れた地域で暮らし続けたい」ーー。

どこで暮らし、どこで最期を迎えたいかは個人の価値観によって異なるし正解はない。家族との関係性、経済的な面、要介護度なども、選択をする際の要因になり得る。

しかし認知症の人を「社会から疎外しない」意識がもっと浸透すれば、  認知症の人とその家族も行ける「居場所」の選択肢は増えるのではないか。

認知症にとっての「楽園」は案外身近なところにあるのかもしれない。

小山 朝子(こやま・あさこ)
介護ジャーナリスト、介護福祉士

小学生時代は家族を支える「ヤングケアラー」で、20代からは洋画家の祖母の在宅介護を担う。現在は介護ジャーナリストとして活動を展開。この間、高齢者・障害者・児童のケアを行う全国の宅老所などを取材。2013年より東京都福祉サービス第三者評価認証評価者として、「生活介護」、「就労継続支援A型・B型事業所」などで調査・評価活動も行ってきた。日本在宅ホスピス協会役員、日本在宅ケアアライアンス食支援事業委員、All Aboutガイドも務める。著書に『世の中への扉 介護というお仕事』(講談社、2017年度厚生労働省社会保障審議会推薦 児童福祉文化財)、『ひとり暮らしでも大丈夫! 自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)など。