ヨーロッパの認知症村は、認知症の人にとって楽園なのか。現地で取材をした介護ジャーナリストの小山朝子さんは「その疑問を自分の目で確かめるためにフランスとオランダへ渡り、あらためて『私が認知症になったらここで暮らしたいだろうか』と自問したが答えに窮した」という――。

5人に1人が認知症に

2025年、日本では認知症の人が約700万人に上り、その割合は高齢者の5人に1人と推計されている(出所:厚生労働省「新オレンジプラン」2015年)。筆者が毎年訪れる介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)は定員100名で、年々滞りなく会話ができる利用者を探すことが難しくなっており、認知症の人の急激な増加を肌で感じている。

オランダのホグウェイにある噴水の広場
オランダのDe Hogeweykにある噴水の広場。(写真提供=The Hogeweyk/Be Advice

そもそも認知症とは記憶や判断力の障害により生活に支障をきたす状態を指す。

「若い頃に工業用のミシンを買ってもらったのよ」
「わぁー、そのミシンでお洋服を直したりされたのですか?」
「若い頃に工業用のミシンを買ってもらってね……」

筆者は認知症の利用者と幾度となく上記のような会話をしてきた。ついさっき聞いたことさえ思い出せなくなる「記憶障害」は「中核症状」に分類され、認知症になると誰でも現れるといってよい。

一方、環境や人間関係、性格などが絡み合って生じるのが「行動・心理症状」で、暴言や暴力、幻覚、昼夜逆転、弄便、徘徊はいかいなどがあり、介助者が苦慮するケースが多いといえる。行動・心理症状の現れ方は人によって異なる。

認知症の人に行われてきた「魔の3ロック」

先ほど「徘徊」と書いたが、近年ではこの言葉の使用を控える動きがある。徘徊には「目的もなく、うろうろと歩きまわる」との意味があるが、認知症の人が歩きまわるのは「その人なりの目的や理由がある」とされ、誤解や偏見につながるというのがその理由だ。

我が国では歩き続ける認知症の人への対応として、施設内にぐるりと円を描くように設けられた回廊式廊下が推奨された時期があった。さらに、介助する側の都合を優先し、その人を閉じ込める「魔の3ロック」が行われてきた歴史がある。3ロックとは、①フィジカルロック(身体的な拘束)②スピーチロック(言葉による拘束)③ドラッグロック(向精神薬等の薬物を使用した拘束)である。

介護保険制度が始まった2000年、介護保険施設などでの利用者の身体拘束は「生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き」原則禁止された。また2006年4月1日に施行された「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(高齢者虐待防止法)では、身体拘束は原則としてすべて高齢者虐待に該当する行為として位置づけられた。

入居者の倍のスタッフがいる村

日本と同様、欧州においても認知症の人のケアは喫緊の課題であり、さまざまな取り組みがなされている。筆者が訪れたフランスとオランダの例を紹介したい。

現在、フランスの認知症患者は約120万人、オランダの認知症患者は約27万人に上るといわれている。

フランス南西部のダクス(DAX)にある「Village Landais Alzheimer(ランド・アルツハイマー村)」。

フランスの「Village Landaisa Alzheimer(ランド・アルツハイマー村)
筆者撮影
フランスの「Village Landais Alzheimer(ランド・アルツハイマー村)」。

2018年に建設が開始されたこの「村」は、16戸の家で構成され、現在120人のアルツハイマーの人が生活する。うち10名は60歳未満で、認知症だと診断されていることが入居の条件だ。ケアをするスタッフは120名(医療職、介護職、コメディカルなど)で、同じく120名ほどのボランティアがいる。5へクタール以上の広大な土地には、美容室、雑貨屋や食品などを扱う店舗、食堂、図書館、ホールなどがある。

筆者が訪問した日にはホールでイベントが行われており、利用者とケアスタッフが談笑していたのが印象的だった。

小さな農園もあり、別のエリアではロバが放し飼いにされていた。

さらに、ここでは認知症の人を対象とした研究がなされており、移動能力、運動性をはじめ、新技術の導入効果、例えばレーザー光を用いた転倒・転落検出装置、磁気システムを用いたドア開閉センサーなどテクノロジーに関する研究も進められている。

国(保健省)から財政支援を受けており、自治体や非営利団体などにより設立された公益団体が管理を行っている。

取材時には見受けられなかったが、地域の住民にはオープンデーやガイドツアーを行い、参加や支持を呼び掛けてきたという。

「音楽を聞かせる」のではなく「聞きに行く」

この「ランド・アルツハイマー村」のモデルとなったのが、オランダにある「De Hogeweyk(現地では「デ ホーヘワイ」と発音)」だ。各国のメディアでとりあげられ、日本でも介護・福祉の関係者の間では知られている施設だ。

De Hogeweykはオランダの首都から車で20分ほどの場所に位置する。オランダの企業、viviumケアグループが運営し、24時間のケアが必要な認知症の人が最期まで過ごせる場になっている。1.5ヘクタールの敷地を歩くと噴水広場やカフェ、スーパーマーケット、映画館、ミュージックルームなどがある。

オランダのホグウェイ。
オランダのDe Hogeweyk。ペインティングを楽しむ様子とスーパーで買い物をする様子。(写真提供=The Hogeweyk/Be Advice

スタッフはケアの研修を受けており、利用者を認知症の人としてケアするのではなく、「その人」の生活をみているのが特徴だ。

スタッフが利用者とミュージックルームに行く際には「音楽を聞かせる」のではなく「聞きに行く」という姿勢で接する。「~しなさい」と命令するのではなく、利用者の行動にスタッフが合わせるよう努めているという。

「『敷地内にある噴水に利用者が入ってしまうのではないか』と心配するあまり鍵がかかっている部屋に閉じ込めると利用者の不満がたまってしまう。不満の原因はケアするスタッフがつくっているのです」と取材に応じてくれた担当者は話していた。

一般社会から切り離された“テーマパーク”は、楽園なのか

De Hogeweykの敷地にある住まいは27戸で、6~7人がひとつの住居に住む。似ている価値観の人同士が生活をともにできる仕組みがあり、①URBAN(都会的)②TRADITIONAL(伝統的)③FORMAL(形式的)、④COSMOPOLITAN(国際的)と異なるテーマに分かれていた(2022年6月取材時点)。利用者に人気があるのはTRADITIONALとのことだった。

オランダのホグウェイの4タイプの住居。
オランダのDe Hogeweykの4タイプの住居。(写真提供=The Hogeweyk/Be Advice

オランダで40年以上暮らし、現地の高齢者施設の事情にも詳しい識者にアルツハイマー村についての意見を求めたところ、一言「テーマパークです」という答えが返ってきて、合点がいった。取材時、担当者が「環境づくりのためにはディテールが大切」と話していたが、たしかに独立した娯楽施設のような印象を受けた。

多くのボランティアが関わり、近隣の住民が敷地内のカフェを利用しているが、「村」は一般社会から切り離された囲われたスペースだ。

広大な敷地で自由に散歩ができ、スーパーに行っても白い目で見られない「アルツハイマー村」は、果たして認知症の人にとっての「楽園」なのだろうか――。

その疑問を自分の目で確かめるためにフランスとオランダへ渡り、あらためて「私が認知症になったらここで暮らしたいだろうか」と自問したが答えに窮した。

その理由は「ケアする側」と「される側」の2つのカテゴリーに分類された人しか存在しない違和感があったからだ。フランスのアルツハイマー村ではボランティア、心理学者、インストラクターなども存在するが、彼らはケアする側のカテゴリーに含まれる。

日本でも介護施設や認知症対応型共同生活介護(グループホーム)にはケアする側とされる側のおもに2者しか存在しないが、アルツハイマー村の場合、広すぎる敷地が「その他」の人がいない余白と違和感を際立たせているように思えた。認知症になっても社会と適度に関わりながら暮らしを続けたい――。

そのような希望をもつ人をサポートする組織があるという情報を得た。

接し方の訓練を受けた地域住民

オランダ南西部にある「Tante Louise」は14の介護施設、ホスピス、リハビリテーションセンターを有する組織だ。利用者には「できる限り自分のことは自分で行う」「地域生活に参加する」「必要な支援を受けながら自宅で暮らし、それが無理ならホームに移る」というスタンスを基本にしている。

同組織が運営する「Verpleeghuis Hof van Nassau」は、認知症の人が暮らす介護施設だ。この施設では、認知症の人の選択の自由が奨励され、「歩け歩け」「外に出ていこう」というポリシーを実践している。フロアには転倒防止のセンサーなど、テクノロジーが多く使われている。施設の周辺に住む地域の住民も、認知症の人と話す際には荒い言葉は使わないなど、接し方の訓練を受けた多くのボランティアがいる。

認知症の人の平日の居場所

日本へ帰国する前にオランダが先進国といわれている「ケアファーム」にも訪れた。オランダのケアファームは、介護などを必要としている人々に、居場所を提供する農業生産者・法人のことを指す。日本では農業側の人手不足と、障害者などの「働き口が見つからない」という双方のニーズをマッチングできる「農福連携」が注目されているが、日本の「農福連携」は就労に焦点があるのに対して、ケアファームは福祉が主軸である。

オランダ南部のHaaren(ハーレン)という町の住宅地に溶け込むケアファーム「Tuin de Es」は80種類の野菜とハーブを育てている。ケアファームの一角には売店があり、近所の住民が野菜やハーブティーを求めにやって来る。

オランダのケアファーム
筆者撮影
オランダのケアファーム。売店には近所の住民の姿が。

ここで働くのは精神に障害があるなど「働きづらさ」を抱える人たちだ。

「ここには立ったり、座ったり、多種多様な仕事があります。働く人たちがそれぞれできることを担っているんです」

オランダの大学で農業経営学を学びケアファーム事情に詳しい森田早紀さんはそう話す。

「Tuin de Es」は毎週火曜日~金曜日には高齢者と認知症の人が通うデイケアとして開放し、彼らの居場所となっている。

「雑草や虫など、一般には排除される要素も、農業のやり方によっては土づくりや生態系の重要な要素になる。その考え方はケアファームの考え方にも通じる」と森田さんは語った。

日本各地で始まっている認知症の人の「居場所」づくり

我が国では2019年、認知症に関する施策の指針となる「認知症施策推進大綱」を示した。これまで各省庁横断的に進めてきた「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」をさらに推し進めたもので、認知症になっても地域で安心して暮らせる「共生」と、認知症の発症や進行を遅らせる「予防」を車の両輪と位置づけている。団塊の世代が75歳以上となる2025年までを対象期間としており、今年はその中間期にあたる。これまでの振り返りと促進を行う重要な年度だといえる。

認知症の人が道に迷った際にサポートする地域の取り組みも各地で広がっている。例えば、横浜市港北区の「かえるネット」は認知症の人が道に迷った際に早期に身元確認を行い自宅に帰れることをサポートするシステムだ。行方不明になるおそれがある認知症高齢者や若年性認知症の人が対象で、連絡先などを記載した「かえるシート」の情報を区役所、地域包括支援センター、港北警察署で保管管理し、保護された際の照会に役立てている。

多大なコストをかけず市民自らの工夫で認知症の人の居場所づくりも各地で始まっている。

医療・介護に囚われない各産業の介入をはじめ、ソーシャルエンタープライズ(社会的企業)の参加、テクノロジーを活用したシステムの構築など期待したい分野は多い

「認知症になったら周囲に迷惑をかけたくないし、一人で生活できないから隔離された所で暮らしたい」「 認知症になってもできうる限り住み慣れた地域で暮らし続けたい」ーー。

どこで暮らし、どこで最期を迎えたいかは個人の価値観によって異なるし正解はない。家族との関係性、経済的な面、要介護度なども、選択をする際の要因になり得る。

しかし認知症の人を「社会から疎外しない」意識がもっと浸透すれば、  認知症の人とその家族も行ける「居場所」の選択肢は増えるのではないか。

認知症にとっての「楽園」は案外身近なところにあるのかもしれない。