通貨を増やせば景気はよくなる

【宮内】1人だけ、私という信奉者がいる学派ですね(笑)。

経済が大きくなれば、それだけ多くのお金が必要になる。経済の大きさに応じたお金が供給されないと、経済はうまく回らない。どうなるかというと、貨幣価値が上がる。つまり「お金が足りないとデフレになる」という話ですね。それが原因で、ここ数十年続くデフレから脱却できていないのかもしれない。

デフレになると経済が縮小してしまうので、それを防ぐためにも通貨は増発しなくてはいけない。貨幣の量を少し先行して膨らませると、実体経済はそれに引きずられて供給不足を補おうとして活性化し、経済全体は膨らんでいく。そう考えると、できれば通貨の量をもっと増やして膨らませてやれば、経済も成長していけるのではないでしょうか。

【井上】それが私の考えです。ただ、MMT派の人たちはそんな考えに否定的です。MMTを信奉する人たちを「MMTer」(エムエムター)と呼ぶのですが、その意味で私はMMTerではありません。むしろ「お前はMMTerじゃない」とか「MMTをつまみ食いするな」とMMT派の人たちから叩かれています。

経済学の世界では、かつての日銀が典型ですが、「お金の価値を守らなければいけない」として、通貨の発行量をできるだけ制限すべきだという考えが強いんです。未だに「金本位制こそ、通貨のあるべき姿だ」という人もいます。それに対し私は、完全雇用になり、インフレ率が一定程度上がるまで通貨量を増やすべきだと主張しています。MMTはそうは考えていない。

通貨は必要なだけ出すべき

【井上】一方で、政府が財政赤字を続けることは、これまでのマクロ経済学では「よくないこと」とされてきた政策ですが、財政赤字は問題ではなく、必要ならば政府支出を積極的に行うべきだとMMTでは考えます。その点においては、私はMMTに近い立場です。

【宮内】私も井上先生のおっしゃるとおりだと思いますよ。日本でもこれまで経済の発達に応じて、たとえば江戸時代の小判改鋳や、高橋是清(※注2)の金輸出再禁止(金本位制離脱)による管理通貨制度移行など、財政赤字補填ほてんや通貨流通量の増加政策をその時々で行ってきたわけです。

通貨を増やすと何が起きるか。インフレになるかもしれませんが、多少のインフレは問題にはなりません。江戸時代の小判の改鋳でもインフレが起きましたが、景気は良くなり、元禄文化が花開いたのでした。

宮内義彦・井上智洋『2050年「人新世」の未来論争』(プレジデント社)
宮内義彦・井上智洋『2050年「人新世」の未来論争』(プレジデント社)

【井上】そうなんです。「改鋳によってデフレギャップが解消され、経済の拡大にプラスの効果をもたらした」と考えられていて、これは20年も前の日銀レポートでも指摘されています。(「江戸時代における改鋳の歴史とその評価」1999年(※注3)

【宮内】結局、通貨というものは、必要なだけ出すべきだということですね。経済を活性化するためには極端なインフレにならない程度に通貨量を増やすことで需要を喚起する。これが供給力を刺激して、投資を誘発し好循環を作り出す。こうした流れを生むことが必要なのです。今の日本のような長年のデフレ状態を変えて経済を伸ばそうと思ったら、金利を下げるだけでなく通貨量を増やしてインフレにしてやることが効果的で、財政支出を増やせば通貨量も増えてインフレになるわけですね。

【井上】そうです。そして財政赤字の拡大を認めれば、できる政策がたくさんありますから、それによって日本をよりよい国にしていけるはずです。

※注1)日本銀行金融研究所(2004)「わが国における貨幣の長期中立性について
※注2)高橋是清……たかはし これきよ(1854~1936)。明治~昭和初期の政治家、財政家。数々の要職を歴任し、内閣総理大臣や日銀総裁までも務めた。中でも、大蔵大臣としての評価が高く、1930年代初頭には、昭和恐慌からの脱却と満州事変の戦費捻出を目的に、金輸出禁止からの管理通貨制度への移行、時局匡救事業のための赤字国債の発行、および、国債の日銀引き受けなどを実施する積極政策「高橋財政」を展開し、大幅な景気の回復を成し遂げた。
※注3)日本銀行金融研究所(1999)「江戸時代における改鋳の歴史とその評価

宮内 義彦(みやうち・よしひこ)
オリックス シニア・チェアマン

1935年神戸市生まれ。58年関西学院大学商学部卒業。60年ワシントン大学経営学部大学院でMBA取得後、日綿実業(現双日)入社。64年オリエント・リース(現オリックス)入社。70年取締役、80年代表取締役社長・グループCEO、2000年代表取締役会長・グループCEO、03年取締役兼代表執行役会長・グループCEOを経て、14年シニア・チェアマン就任、現在に至る。総合規制改革会議議長など数々の要職を歴任。新日本フィルハーモニー交響楽団理事長などを兼務。『“明日”を追う 私の履歴書』『リースの知識』〔以上、日経BPマーケティング(日本経済新聞出版)〕、『私の経営論』『私の中小企業論』『私のリーダー論』(以上、日経BP)、『経営論』(東洋経済新報社)、『世界は動く』(PHP研究所)、『グッドリスクをとりなさい!』(プレジデント社)など多数の著書がある。

井上 智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授 経済学者

慶應義塾大学環境情報学部卒業。IT企業勤務を経て、早稲田大学大学院経済学研究科に入学。同大学院にて博士(経済学)を取得。2017年から現職。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』〔日経BPマーケティング(日本経済新聞出版)〕、『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『MMT』(講談社選書メチエ)、『「現金給付」の経済学』(NHK出版新書)など多数の著書がある。