ウイルス学者の責任
ウイルスは、未知の「お化け」ではありません。「お化け」なら、わけがわからないことが起こりますが、ウイルスの感染にはすべて理由があります。その理由を知っておけば、「ほぼ起こり得ないこと」を過度に恐れることはなかったはずです。
「お札から感染する」とか「水道の蛇口から感染する」といったことも、ないと断言していいレベルです。しかし、そのようなことを吹聴する人がいたため、それを聞いた人が怖がってしまって、過度な自粛につながりました。万一あったとしても、天文学的に極めて確率の低いことを過度に気にしていては、日常生活は送っていけません。
過度な自粛をするよりも、「お札から感染することはない」「水道の蛇口から感染することはない」と伝えて、人々が恐れおののかないようにすることのほうがはるかに重要でした。私はウイルス学者として、世に伝えるべきことを伝えようと、SNSやメディアで訴え続けています。しかし、私の声が各方面に十分に届いたかというと、決してそんなことはありません。残念なことに国の行政が、ウイルス学者である私の発言を尊重してくれることはなかったですし、罵声のような批判も浴びました。時には殺害予告まで受けました。
ひどく失望したこともありましたが、それでも私はウイルス学の専門家として、声をあげることをやめてはいけないと考えています。
今後、別のウイルスでまたパンデミックが発生したら、今回の教訓を活かし、専門家の知見を活かした合理的な判断が下されることを切に願います。
1964年生まれ。東京大学農学部畜産獣医学科にて獣医師免許を取得後、同大学院で動物由来ウイルスを研究。東大初の飛び級で博士号を取得。大阪大学微生物病研究所エマージング感染症研究センター助手、帯広畜産大学畜産学部獣医学科助教授などを経て現職。