ウクライナの「生物化学兵器保有説」

アニーラボは、世界のファクトチェック団体の集まりである国際ファクトチェックネットワーク(International Fact-Checking Network:IFCN)の加盟団体でもある。この団体に加盟するには、非党派性や公平性を保っており、ファクトチェックを専門にやっている団体でなければならないなど、Code of Principles(ファクトチェック綱領)と呼ばれる厳密な基準を満たす必要がある。各国の加盟団体は相互に連絡を取り合い、定期的なミーティングやデータベースの共有をしながら、さまざまなネット上のコンテンツのファクトチェックを行っているという。

日本でもファクトチェックを行っている新聞社や団体はいくつかある。しかし、IFCNの基準を満たすのは難しく、まだ日本では、IFCNに加盟している団体はいないという。

アニーラボは香港をベースにしているということもあり、鍛治本さんらは主に中国語のメディアの情報をチェックしている。その中でも最近すごい勢いで拡散されたのが、「アメリカの支援により、ウクライナで生物化学兵器が作られている」というニュースだったという。

ロシア大使が国連の場で、「ウクライナで生物化学兵器が作られているという証拠がある」と主張。ロイター通信は、世界保健機構(WHO)がウクライナの医療関係者に対し、「危険度の高い病原菌を破棄するように」という勧告を出したというスクープを報じた。中国のメディアがこれら2つのニュースに飛びつき、ウクライナの生物化学兵器保有説が中国語で広く報道されたという。

「ファクトチェック」の難しさ

そこで、鍛治本さんたちは、その真偽を調べるため、ファクトチェックを行った。その結果、この情報は「ミスリーディング(誤解を与えるもの)」だと結論づけた。

「実際にウクライナで生物化学兵器を作っていたか、作っていなかったのかをチェックすることは、不可能です」と鍛治本さんは言う。「どんなに証拠をそろえても、『しょせん政府、WHO、EUが出した資料なのだから、やはり隠されていることがあるのではないか』と言われたらそれまで。ですから、生物化学兵器を作っているかどうかをチェックするのではなく、ロシア側が『生物化学兵器を作っている証拠』として出してきた書類をチェックしています」

アニーラボでは、実際にWHOにも連絡をとり、確認を行った。その結果、WHOは、戦渦にあるウクライナで危険度の高い病原菌が流出することがないよう、破棄しておくようにという勧告を出したことが明らかになった。こうした勧告は珍しいことではなく、WHOが危険性を判断した場合にはルールに沿って行われる通常の措置だという。

また、ロシア国防省が入手したという「ウクライナの生物化学兵器プログラムの証拠とされる文書」についても調べたところ、記されていた研究所保有の微生物の中には、生物兵器になりえるレベルの危険度のものはなかったと判明した。