(3)ここまでの経緯がわかってないと理解が難しい

ここまでの状況を踏まえれば、教育データ利活用ロードマップについて、不安を抱く国民や関係者に対し、わかりやすい発信や、「個人情報保護をこのように守ります」という具体策の発信は必須である。

ただし教育データ利活用ロードマップについては、わが国のデジタル政策や個人情報保護政策も踏まえた「ここまでのあらすじ」も理解していないと、そもそも理解が難しいという性質がある。

簡単にいうと、このロードマップを取り巻く状況は以下のように概括できる。

◆先進国の中で遅れてきた、政府や社会全体のデジタル化(デジタル改革)を進めることが至上命題であると日本政府は認識している。

◆そのため政府全体で2020年秋からデジタル庁の創設を柱としたデジタル改革を進めており、教育データ利活用ロードマップは「医療・教育・防災・こども等の準公共分野のデジタル化」を進めるための方策の1つとして作成されている。

◆教育データ利活用も含め個人情報保護の強化措置が進みつつある(法改正と個人情報保護委員会の体制強化)。

◆とくに教育データ利活用についてはGIGAスクール政策による小中学生1人1台タブレットの配備が直近の促進要因となっている。児童生徒に関するデータ収集が事実上可能な環境となっており、個人情報保護のルール整備が急がれるとともに、匿名加工情報をEBPM(証拠に基づく政策)に活用するためのルールやシステムの整備も急がれる状況にある。

◆ロードマップの策定に際しては、内閣官房IT室(当時)によるGIGAスクール構想に関する大規模アンケート(※3)、デジタル庁での国民への意見募集(※4)、有識者との意見交換など、丁寧な手続きが行われている。どんどん情報をつなぐべき、という意見はほとんどなく、安全・安心に関する発信が不足している、MicrosoftやGoogleはじめ世界中でビジネス展開してきた企業はもちろん、個人データに関するルール整備や合意形成などの必要性を真摯に訴える企業・専門家・関連団体が多い。

◆ロードマップの実際の取り組みは、初期段階にあり、まだ開始されていないものも多い。

◆ロードマップに示されたさまざまなデータをつなげるのは個人の選択であり、無理にデータを使わなくても良い(ただし法に定められたものを除く)。

※3 内閣官房IT室(当時)による大規模アンケートは、児童生徒21万7077件、教育関係者4万2333件の回答を収集している。
※4 国民からの意見募集結果・有識者との意見交換について

まだ、始まってすらいなかった

つまり、ロードマップに示された個人を取り巻く多くのデータをつなげたり活用する実際の道(ロード)は、はじまってすらいなかった、という状況なのである。

ロードマップの名の通り、これは「今後の教育データの利活用に向けた施策の全体像とその青写真を関係省庁で描いたもの」(教育データ利活用ロードマップp.53)であり、どうやらわれわれは道の入り口にいるにすぎない。

人類はデジタル革命の初期のしかし急激な変化の途上にあり、交通革命で言うならば鉄道から1人1台への乗用車所有のような変化が急速に起きている中で、急いでルール整備をしなければならない、という状況にあると言っても良いのだ。

だからこそ、教育データの全体像を把握して、利活用に際して必要なルール・ポリシー(道の歩き方)を含め、政府が政策を推進する予定だが「状況の変化を踏まえ柔軟に見直しを行う」(p.2)、という記載もされているのである。

末冨 芳(すえとみ・かおり)
日本大学文理学部教授

1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任。専門は教育行政学、教育財政学。主著に『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書・桜井啓太氏との共著)、『教育費の政治経済学』(勁草書房)など。