夫とともに学童野球チームを立ち上げて50年、81歳にしてノックを欠かさず、グラウンド中を忙しく走り回っている。監督でもコーチでもない“ただのおばちゃん”が、チーム内で強烈な求心力を発揮する。その秘密とは。「Over80『50年働いてきました』」第5回は、山田西リトルウルフの棚原安子さん――。

監督でもなくコーチでもない“ただのおばちゃん”

寒風吹きすさぶ、吹田市立西山田小学校(大阪府)のグラウンド。赤いユニフォームを着た小学生たちを相手に、ノックをしている女性がいる。強い打球は正確に、グローブを構えた子どもの真正面に飛んでいく。選手の中には、ポニーテールの女子の姿もある。力強く返球をして颯爽と引き上げていく姿が、なんともまぶしい。

「○○君な、内野手が後ろに下がってどうすんの。前で取りなさい、前で」

山田西リトルウルフの“おばちゃん”棚原安子さん
山田西リトルウルフの“おばちゃん”棚原安子さん(撮影=水野真澄)

学童野球の指導者というと、子どもたちに向かって「オラオラ、ぼさっと突っ立ってんじゃねぇぞ」などと罵声を浴びせている姿がどうしても思い浮かんでしまう。そして、付き添いの保護者たちが指導者にお茶を出したり昼食を提供したり、過剰な気遣いをしている姿も……。

ところが、この山田西リトルウルフには、そうした学童野球の世界にありがちなことの一切が見当たらない。しかも、ノックをしている女性は、監督でもコーチでもなくただの「おばちゃん」なのである。

お茶入れ、ユニフォームの洗濯は小1から自分でやる

おばちゃんこと棚原安子さんは、1940年生まれの81歳。ノックを打つどころか介護を受けていても不思議ではない年齢だが、動作にも声にも覇気があふれている。

「うちは小学校1年生で入団してきたときから、自分でお湯を沸かしてお茶を入れて持ってきなさい、ユニフォームは自分で洗いなさいって指導しているんです。なのに、監督やコーチが保護者にお茶を入れさせてたらサマにならないでしょう。だからうちは、練習を見たかったら見にきて下さいって、それだけなんです。運動好きな保護者の中にはジャージを着てくる人もいるんで、私がノックしてあげるんです」

棚原さんはこう言って、呵々大笑するのである。