男の子には「ゴール設定」が必要

ものの見方を手に入れるために、学ぶ。

こう決めておけば、苦手な教科ほど、無視できなくなる。そこに、自分の持っていない「新たなものの見方」があるからだ。挫折も多いほうがいい。ものの見方がさらに深まるからだ。そして、「なぜ、社会に出たら使いもしない微分積分をやらなきゃいけないのか」なんて疑問を持たなくても済む。

この目標なら、「苦手」も「挫折」もポジティブな方向となり、迷いがなくなる。学ぶものにとって楽なうえに、万能なのである。

黒板に問題を解く生徒
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昔の小学校に二宮金次郎像があったワケ

当然、それぞれのおうちのゴールがあってもいい。「いい成績を取って(できれば一番になって)、いい大学に行く」「医者になる」という潔い目標も、それが親子にとって楽しければ、もちろん、ありである。男性脳は、志を持つと生きるのが楽になる

いずれにしても、男の子には、ゴール設定か、ロールモデル(目標となる人物)がいる。

昔の小学校に、二宮金次郎像があったのは、このためだ。あるいは、ときに街角に英雄の像があるのも。「ああいう立派な人間になる」というのも、男性脳たちを安心させる目標設定のひとつだからだ。

世界のほとんどの国では、「お国を守る」というナショナリズムが、男性脳の「育ち」のゴール設定にできる。徴兵制があれば、なおさらだ。「この世に戦争がない」と思い込んでいる平和な国では、男性脳の明確なゴールがないので、各々が意識して決めなければいけない。

ちなみに、女性脳は、プロセスを無邪気に楽しめる。今の目の前のこと、「テスト」「遠足」「運動会」に夢中になっているうちに、時が過ぎる。好きな男の子に会いに行くというモチベーションだけでも、十分に学校に通いきれる。だからつい、「ずっと先の目標」という目線を息子にあげるのを忘れてしまいがちなのだが、ここは、息子の母親たるもの、ぼんやりしていてはいけない。

なぜなら、男性脳は、目標が遠く高いほど、今を楽に過ごせるからだ。

「大谷翔平のようなすごい野球選手になる」という遠く高い目標(志)があるから、今日の千本ノックに耐えられるのである。