最新の技術を下敷きに伝統的な技法でつくる

ピアノの心臓部「アクション」が納められた前方部分。鍵盤を叩くと右奥の黒い「ハンマー」が弦を打ち音が鳴る。豊かな響きを出すために弦は1つの鍵盤に対して複数張られている。弦の張り具合によっても音の響きは異なる。

ファツィオリはイタリア北部、ベネチアから北へ60kmほどの場所にあるサチーレ市を拠点とする。パオロ氏はローマの家具メーカーの6人兄弟の末っ子として生まれ、ローマ大学で工学を学び、家具工場の生産現場で働いた。一方で幼少よりピアノの才を発揮し、家具ではなく新しいピアノをつくりたいと一念発起。最初は実家がサチーレに買い足した工場の1スペースを借りてピアノづくりに精を出し、1980年に最初のピアノを制作した。

「パオロがスタインウェイの音に対して持っていた不満は、豊かな響きを出そうとするあまり倍音(1つの音に含まれるさまざまな周波数の音。これが多いと複雑な音になる)の雲に隠れたようなくぐもった音になってしまうことでした。そこで工学的に倍音を整理してできたのがファツィオリのピアノです。そのため非常にクリアで軽やかな音が出ます」

従来のピアノメーカーではつくってから音の調整を行うが、パオロ氏はコンピューターでシミュレーションをして、弦の長さや太さ、響板(弦の響きを反響して増幅させるピアノの「箱」部分)の厚みなどをミリ単位で調整したそうだ。これもパオロ氏に工学の知識があってこそ実現できたことで、さらに「彼にはこういう音がつくりたいという明確な音のビジョンがあった」(ワイル氏)から今のクリアな音が生まれたといえるだろう。

イタリアにあるファツィオリ本社の社員はわずか40名。1台のピアノを3年以上かけて手作業でつくり上げていく。年間の生産台数は130台。ちなみにスタインウェイはグランドピアノの年産が2500~2700台程度、ヤマハは国内では2万台弱だがインドネシアや中国の生産拠点を含めた台数は10万台以上(アップライトピアノを含む)といわれている。

「響板の材料にもこだわりがあります。通常のピアノは基本的にシトカトウヒが使われていますが、ファツィオリでは赤トウヒを使っています。これはバイオリンのストラディバリウスの材料とまさに同じ場所で採れた同じ木材で、木目が真っ直ぐ平行に並んでいます。木質が均一なので音の伝導に優れており、また軽量のため音がきれいに共鳴します」

最高品質の材料を使い、科学的な設計技術をもとにすべて手作業でつくり上げてできるピアノ。35人の職人がつくることのできる数には限りがあり、年間で130台が精一杯だという。出来上がったピアノは1台1台パオロ氏が試弾し、厳しいチェックをパスしたものだけが出荷される。1台の価格は1000万円を超えるが、それだけの価値のあるさながら芸術品である。