「スタインウェイを真似しない」ピアノ
ファツィオリ躍進の陰に2人の日本チームの尽力があったことは分かったが、それにしてもピアノそのものに魅力がなければ今日の成功はないだろう。ワイル氏も、言葉は悪いがスタインウェイからファツィオリに“鞍替え”したのはファツィオリのピアノが持つ魅力と創業者パオロ・ファツィオリ氏本人の魅力に引かれたからだという。
「私が初めてファツィオリに触れたのは、ドイツのフランクフルトで行われたミュージックメッセ(楽器の見本市)です。周囲がにぎやかなこともあり、最初は“まあいいんじゃない?”くらいの軽い感触だったんです。しかし次にファツィオリとスタインウェイを弾き比べる機会があり、“いや、ファツィオリのほうがスタインウェイよりいいぞ”と思ったんです。これは危険だ!と。その時はまだスタインウェイの社員でしたから」
スタインウェイの社員はみんな「それこそ宗教のように」(ワイル氏)自社に誇りを持っているというが、そのワイル氏にしても当時のスタインウェイのピアノの品質や会社のあり方に不満がないわけではなかったのだ。その不満を解消してくれたのがファツィオリだった。
「これまでのピアノはどのメーカーも“スタインウェイ”を真似したものでした。でもパオロは違った。パオロは現代のピアノ、つまりスタインウェイの音に対する不満を解消するために新しいピアノづくりに自ら取り組んだのです。彼は経営者ではありますが、それ以前に優れたピアノ演奏家でありピアノを心から愛するピアノオタクであり、工学を学んだ技術者でもあるのです」
ファツィオリピアノとの衝撃的なセカンドコンタクトの後、ワイル氏はパオロ氏と直接会う手はずを整えた。そして会うなり彼の魅力のとりこになってしまったという。
「ああ、この人はいい人だと。彼と一緒に働きたいと強く思ったんです。私とちょっと似ているところがあるんですね。本当にピアノを愛していて、理解している人だと思いました」
そうしてワイル氏はこれまでの職を投げ打って(本人の言によると「全部捨てて(笑)」)独立し、ピアノフォルティを立ち上げたのだった。