つねにベストなものを目指して

ファツィオリのピアノがずらりと並ぶショールーム。奥には2010年のショパンピアノコンクールで実際に使われたピアノも展示されていた。

「私がスタインウェイで働いていて疑問に思っていたことは、ピアノを売っているのに上層部がみんなピアノを弾けないということです。“このピアノはこんなに音がいいんですよ”と一生懸命訴えたところで説得力がないでしょう? その点ではパオロは音楽に対して深い知識と愛情を持った音楽家ですから、つねにアーティストの立場になってピアノの改良に余念がありません」

ファツィオリの社是に「生産量を増やすことは考慮せず、最高のクオリティーを目指すこと」「つねに最先端技術を駆使してピアノの改良に励むこと」がある。業績を守らんがために品質を下げた大量の廉価版を出したり、現場の声を聞かず既存品の改善もせず成長を止めたりといったブレはなさそうだ。

「私たちも販売代理店として、つねにベストなものにしか興味がありません。例えば少しグレードを落とした安価な他ブランドも扱えば今よりもっと数が売れて、経営のリスクは少なくなるかもしれません。でも最高のものだけを扱うことで良いことがある。自分たちの仕事に対する情熱を持ち続けられると思っています」

最後に、ワイル氏にファツィオリを通して目指すものを聞いた。「日本において欧米の文化であるピアノがつくられるようになってから100年以上が経ちました。しかしまだ100%日本の文化になったわけではありません。このピアノという素晴らしい文化をもっと日本で広げることができればうれしいです。ピアノは感情を表現する機械。ぜひ聴くだけでなく、自分の手で表現をしてみてほしいですね」

ワイル氏の話を聞いていると、ピアノ、そして音楽に対する深い愛情と情熱が感じられる。そんな人が認める人物がつくるピアノの素晴らしい音色を、一度ぜひ確かめてみてほしい。

ファツィオリではこんな斬新な形状の「アートケース・ピアノ」もラインアップしている。写真は今年のフランクフルトミュージックメッセで発表された新作「ARIA」。今にも飛び立とうとしている鳥が左翼を広げ始めたイメージでつくられている。1本脚であることで、より広がりを持つ音響が持続する。さらに低音部はこれまでにない深さと豊かさを持つという。写真提供:ピアノフォルティ
(取材・文・撮影/デュウ)