老舗名門メーカーと対等に渡り合う

昨年末、NHKで放送された「もうひとつのショパンコンクール」というドキュメンタリー番組が音楽好きの耳目を集めた。そこで描かれていたのはポーランドのワルシャワで5年に1度行われる若手ピアニストの登竜門「ショパン国際ピアノコンクール」における陰の主役、4社のグランドピアノメーカーの調律師など技術者たちの奮闘の姿である。

コンテスタント(コンクール参加者)は4社の中から好みのピアノを選び選考に臨む。いかにして彼らに自社のピアノを選んでもらい、実力を発揮してもらうか。自社のピアノを選んだコンテスタントが優勝でもすれば、それは名誉である以上に今後の業績に大きく影響する。普段スポットライトが当たることのないコンクールの裏側は熱気に満ち、大いに興味を引く内容だった。

その4社の中に、一般人にはあまりなじみのない名の会社が存在した。イタリアのファツィオリ社だ。ほかのメーカーはいずれも創業100年近くやそれ以上の歴史を持つのに対し(高級ピアノといえばまず名の挙がる米スタインウェイ&サンズ社の設立が1853年、ピアノ販売数世界一のヤマハが1897年、「カワイ」の名で知られる河合楽器製作所が1927年)、ファツィオリはパオロ・ファツィオリ氏が1981年に創業して1代目、まだ35年目にしかならない若い会社だ。伝統がものをいうクラシック音楽の世界にあって異色の存在といえる。

世界最高峰のコンクールに公式ピアノとして認定された事実からも分かる通り、もちろん質は超一流。音楽を生業とする人々の間では早くからその実力は知られており、著名な音楽家の中にもクラシック、ジャズ、ポップスなどジャンルの垣根を超えて熱狂的な愛用者がいる。例えばジャズ界の巨匠ハービー・ハンコックはファツィオリしか弾かないという。日本で最も有名なクラシックのピアニストの1人、スタニスラフ・ブーニンもファツィオリを気に入り、自宅に最大サイズのコンサートグランドピアノを所有している。また、ニューヨークのジュリアード音楽院は長年スタインウェイしか導入してこなかったが、2010年に初めてファツィオリを購入し話題となった。

じつのところピアノ業界全体の流れは低調続きだ。スタインウェイ&サンズ社は親会社のスタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツが2013年に米投資ファンド、ポールソン&カンパニーに身売りされ、スタインウェイやドイツのベヒシュタインと並び世界のピアノメーカー御三家に数えられるオーストリアのベーゼンドルファーは2008年にヤマハの傘下に収まった。そのヤマハも国内の生産・販売台数は最盛期より大幅に数字を下げている。河合楽器もしかりだ。そんな中、年産130台にすぎない新興の小さなピアノメーカーがここまで躍進を遂げたのはなぜか? ファツィオリの日本総代理店、ピアノフォルティ代表取締役のアレック・ワイル氏に話を伺い、その理由を探った。

ピアノフォルティ代表取締役
アレック・ワイル(Alec Weil)


1955年アメリカ・シカゴ生まれ。シカゴ大学経済学部卒業後、ロンドン・ビジネス・スクールにてMBAを取得。イギリス、ドイツにて勤務の後 92年より日本在住。94年にスタインウェイ&サンズ社の初のアジアにおける社員として極東代表に任命され、日本を拠点に極東・東南アジア市場を担当。97年、スタインウェイ・ジャパンの設立に携わり、同社の執行役員マーケティング・ディレクターに就く。2008年8月に独立し、ファツィオリピアノの日本総代理店としてピアノフォルティ社を設立。アマチュアピアニストとしての顔を持ち、全日本ピアノ指導者協会(PTNA)アミューズ コンクール(シニア部)で優勝、グランミューズ シニア部で準優勝。熟達したジャズサックス奏者でもある。
ピアノフォルティ http://fazioli.co.jp/