村長の家からの縁談は断られた
しばらくして、祖母が相手の家から縁談の断りが来たと告げた。「お父さまがお死にる前に、気が違うて包丁を振りお廻したことを、どこかでお聞きたのじゃげな。吉野(宇野のこと)の家は気違い筋じゃとでもお思いたのじゃろう」。いかにも、千代は気が狂った振りをした。しかも、雪が降ってると言って。まさに、父が亡くなる3日前に包丁を振り回したのは雪の日だった。娘の貞操を奪った男を、千代は父の振りをして追い払ったのである。
だが、初期短編「處女」にはこのとき違う台詞が配されている。雨が紫になった、地面まで紫になると言った。『生きて行く私』も「處女」も小説であるため、事実はわからないが、雪の発想は父から来たものだろう。
それにしても、父が狂気のなかで死んだことを近所に知られている千代が、なぜあえて狂気の振りをしたのか。
相手の男に語ってほしくなかった
その謎について「處女」には、こうある。
「あの男は、恐らく一生の間今夜の事を誰にも話す事が出来ない。『あの娘は俺が気狂にして了つたのだ』と、我れと我が罪を鳴らす男気なしには『あの娘はあの夜限り處女ぢゃあなくなったのだよ』とせせら笑ふ事は出来ない、あの男は、私の弱点を握ったと思って居た。次の瞬間には私に弱点を握られた形ちになって居た。お互に弱味を持った者同志は、自分の体が可愛いい間は決して相手の傷をつつ突かない。お互いに憎み合い乍ら、労り合わねばならないのだ。何と言う因業な係り合いなのだ。――いや、それで好い、それで好い」
未婚のまま、身体を許すことは千代はよくても世間が許さなかった。こうなった以上、人に言いふらされないよう身を守る必要が千代にはあったのだ。