「ネットで炎上しようが構いません」
渡部と言えば、奇しくも今話題のNetflixドラマ『ダウンタイム』で、笑顔を絶やさぬまま娘を追い詰める美容外科医役を演じている。『ブラッサム』の清治はうってかわってニコリともしないが、どちらも本心が読めない人物を巧みに演じ切っている。
NHK出版から出ている『ブラッサム』公式ガイドブックのインタビューでも、渡部は「清治がネットで炎上しようが構いません。『渡部篤郎がひどいおやじを演じた』と悪く言われてもいいと、腹をくくって今作に挑みました」と、強い意気込みを明かしている。
史実上の宇野千代の父・俊次も強烈な人だった。宇野自身が著書『生きて行く私』の中で父を「バルザックかドストエフスキーの小説の中にしか出てこないような、一種の奇人、乃至は狂人だったと思う」と語っている。
放蕩無頼の自由人で、長い間家を持たずに放浪生活を送った。定職に就かず、博打を好み、家の中では時計の間と呼ばれる家の内外が見渡せる部屋に、唇を固く結んで座っていたそうだ。
家の中では父の命令は絶対であり、宇野は幼いころ、学校から帰宅後自由に外出することも許されなかった。しかし、『ブラッサム』で、珠が閉じ込められた蔵で雑誌を読みふけり、むしろその時間を謳歌していたように、宇野自身も日々の中に楽しみを見つけていたようだ。
無頼な父と私は似ている
俊次には、数々の逸話が残っている。ある時、通っていた花街の料亭で、料理番とはかって、客の吸い物椀の中にかえりたてのひよこを入れたことがあったという。家では無口な俊次だったが、花街ではひょうきんな遊び人として通っていたようだ。
そんな型破りの父を、家族がやっかいもののように扱っていたかといえば、そうではない。俊次との関係に疲れ、実家に逃げ帰ったことがある宇野の継母・リュウさえ、俊次の伝説をどこか自慢げに語っていたという。
父に何かを質問することさえ許されない空気で過ごしていた宇野。俊次自身も無口であったため、父娘が交わした言葉は多くはなかったはずだ。しかし宇野は、父にどこか自分と似たものを感じていたようだ。
俊次は、賭博で警察に検挙されたことがあったが、これについて宇野は著書『生きて行く私』(角川文庫)で以下のように語っている。
「父はその若かった頃から、自分のしたいと思ったことは何でもしたと思う。父にとって、これはしてはならない、と言うことは、何もなかったように見えたと言う。
ここまで書いて来て、おや、この父のことは凡て、この私のことではなかったかと、思わず私はぎょっとした。私も賭事が好きで、そして、若い頃から自分のしたいと思うことは何でもした。無頼な父の性質をそのままに受け継いで生きて来たのであった。」


