和牛も合法的に米国へ渡った
もう一つの事例が「和牛」だろう。1970〜90年代、和牛の生体や精液が合法的に米国へ渡り、米国経由で豪州にも広がった。その遺伝資源をもとに豪州の「Wagyu」は約30万頭まで増え、食肉輸出量は一時、本家日本の約10倍に達した。※9b
名前は世界化したのに、取り分は他国のものになってしまった。基準を持たずに名前だけが独り歩きすると何が起きるか、これほど分かりやすい教材はない。
そして次の候補が「ほうじ茶」だ。英国では「ネクスト抹茶」と呼ばれてカフェのメニューに載り始め、「hojicha latte」の検索数はこの1年あまりで173%伸びた。
業界メディアは、抹茶の品薄を受けた代替としてほうじ茶関連の供給拡大が進むと報じている。すでに韓国・済州島の茶業者は「Hojicha」の名で海外展開を始めた。ブームが本格化し、名前が独り歩きしてからでは遅い。基準と物語をセットで輸出する、最後の好機かもしれない。※10
MATCHAを再発見したのは、日本ではない
最後に、もう一つの光景を。
ブダペストのインテリアショップ「ZARA HOME」には、茶筅・茶碗・抹茶缶をセットにした「抹茶キット」が食器と並んで売られている。日本人としてうれしくなると同時に複雑な気持ちになった。当の日本では、一般家庭で抹茶を点てて飲む習慣などほとんどない。
日常の緑茶はペットボトルに移り、岩本さんが起業した頃、茶価は過去最安値を更新していた。今回のブームに火をつけたのも日本ではなく、米国のカフェ文化とSNSである。
つまり日本は、供給だけでなく需要すら育ててこなかった。手放しかけていた価値を見つけ出し、ブームにしたのは海外なのだ。※11
折しも7月21日、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太の方針)を閣議決定した。アニメ・マンガ・ゲームなどのコンテンツを国の17戦略分野の一つに位置づけ、さらに農林水産物・食品を「コンテンツと連携した一体的なブランディング」で売り出す新たな戦略を推進するという。
和牛肉を含む国産食品の海外需要拡大も明記された。方向は正しい。だが本稿で見てきた通り、基準なきブランディングは、定義のない言葉に広告費を注ぐことにしかならない。
GI登録で名前は守られた。次に必要なのは、コーヒーが歩んだ道――基準による価値の体系化だ。国が守るべきは「Matcha」という言葉そのものではない。覆いをかけ、石臼を回し、日本ブランドを地道に作り上げてきた作り手たちである。食卓の宇治抹茶が入れ替わるまでに残された時間は決して長くない。※12
【出典一覧】
※1(出典:読売新聞オンライン「中国で最も貧しい省から『世界抹茶の都』に…"本家"日本の技術・品種導入、生産量4年で6倍に」2026年6月12日/参議院農林水産委員会調査室「茶の輸出拡大―抹茶供給体制の現状と課題―」2025年12月)
※2(出典:読売新聞オンライン・同上)
※3(出典:共同通信「中国、世界の一大抹茶供給源に 内陸部、日本茶人気で生産拡大」
「世界的ブームの抹茶『中国が発祥の地』とアピール、世界生産7割を占め『日本を凌駕することを願う』」2026年6月11日〔dメニューニュース版〕)
※4(出典:100BANCH/国際日本茶協会/Forbes JAPAN「Matchaをブームで終わらせないために 日本は今何ができるのか」2026年4月24日)
(出典:読売新聞 721億円と前年の約2倍に)
※5(出典:日本食糧新聞)
※6(出典:農林水産省/食品新聞)
※7 https://www.jacom.or.jp/articles/220415-58252
※8(出典:UCC「スペシャルティコーヒーについて」/日本スペシャルティコーヒー協会「スペシャルティコーヒーの定義」)
※9(出典:ジェトロ「わさび」/ジェトロ地域・分析レポート2026年1月/林野庁「特用林産物生産統計調査」/わさラボ(同統計を引用)/カネク株式会社「わさびについて」)
※9b(出典:ジェトロ「和牛」/地球・人間環境フォーラム)
※10(出典:Country & Town House/FoodNavigator/Business Wire(済州・Sumang社リリース))
※11(出典:日経BOOKプラス)
※12(出典:経済財政運営と改革の基本方針2026(令和8年7月21日閣議決定)内閣府 /本文PDF)
ジャーナリスト。ブダペストと東京を拠点に、デジタル、ジェンダー、ソフトパワーなどをテーマに執筆する。YCAPS(横須賀カウンシル・アジア太平洋研究所)リサーチフェロー。オンラインフォーラム「ソフトパワー、ハードクエスチョンズ」プログラムディレクター。