名前を告げるだけで、世界中の回路が閉じていく
ここで、赤根所長の件に戻る。
では、アメリカの制裁は何を命じているのか。赤根氏のカードを止めろとも、Microsoftのアカウントを閉鎖しろとも、Alexaを黙らせろとも書かれてはいない。
大統領令が命じているのは、米国内の資産を凍結すること、そして米国人が制裁対象者と取引しないこと。ただ、政府が対象者の名前を告げるだけで、各所が次々と回路を閉鎖する。これほど効率的な兵器はほかにない。
2019年、ジョージタウン大学のアブラハム・ニューマンとジョージ・ワシントン大学のヘンリー・ファレルは「武器化された相互依存――グローバル経済ネットワークはいかに国家の強制力を形成するか(Henry Farrell and Abraham L. Newman, "Weaponized Interdependence: How Global Economic Networks Shape State Coercion," International Security 44, no.1)」で、この構造を明らかにした。
2人は、こうした「要所」を握る国の力を、2つに分けて説明した。
1つ目は「パノプティコン効果」。パノプティコンとは、円形の監獄のことだ。中央に監視塔が立ち、その周りを独房がぐるりと囲む。看守は塔の上から全員を見渡せるが、囚人からは看守が見えない。
ネットワークの真ん中に座るというのは、この監視塔に座ることと同じだ。世界中の送金がその一点を通るなら、誰が誰にいくら払ったか、すべて見える。9.11のあと、アメリカがSWIFTのデータを覗き続けたのが、まさにこれである。
「私企業が国家による強制の歩兵になる」
2つ目が「チョークポイント効果」。チョークとは首を絞めること。チョークポイントはもともと軍事用語で、海峡のように大量の船が必ず通る細い場所を指す。
たとえばマラッカ海峡。日本に来る石油タンカーの大半がここを通る。だから、この一本の海峡さえ塞げば、日本中のガソリンスタンドを干上がらせることができる。日本の港に軍艦を送り込む必要はない。
2025年8月、筆者の取材に応じたニューマンは、こう言い切った。
「重要なのは、私企業が国家による強制の歩兵になるということだ」
しかも、その「歩兵」は命令された範囲を超えて動く。ニューマンによれば、基準が曖昧であるほど企業は違反のリスクを恐れ、安全な側へ倒れる。結果として、国家が求めた以上に厳しい運用が生まれる。アメリカは急所をつかみ、その運用を巧妙に利用しているのだ。
今日、世界の多くの国々はそこから脱却しようともがいている。
最も早かったのが中国だ。GoogleもFacebookも国内から締め出し、検索も決済もSNSも、すべて自前のサービスに置き換えた。壁を築き、その内側に別の世界を作ったのである。
ロシアはSWIFTからの排除が予測された2014年以降、独自の送金網を用意し、カードも国産ブランドに切り替えた。2022年の排除で完全に干上がらなかったのは、その備えがあったからだ。