砲弾も核も使わず、経済を締め上げる手段
2012年3月、核開発疑惑をめぐってイランの一部銀行がSWIFTから排除された。原油輸出は急減し、GDPは7.4%縮んだ(日本エネルギー経済研究所「イランからの石油供給をめぐる最近の動向について」)。2017年には北朝鮮の全銀行が。2022年2月にはウクライナ侵攻を受けてロシアの主要銀行が。
フランスの当時のルメール経済・財務相は、これを「財政的な核兵器」と呼んだ(日本経済新聞「ロシアSWIFT排除、米が払う『情報戦争』の代償」2022年3月7日)。一発の砲弾も撃たずに、一国の経済を締め上げる……国際金融ネットワークへのアクセスそのものが、新たな制裁手段となっていた。
同じことは、クレジットカードでも起きた。しかもこちらは、政府が命じたわけですらない。
2010年、ウィキリークスがアフガニスタン・イラク両戦争の機密文書を計約48万件公開した。アメリカ政府は激怒したが、サイトは国外に分散しており、直接閉鎖はできない。それでも12月4日にPayPal、6日にMasterCard、7日にVISAが、相次いで決済を遮断した。理由は規約違反とリスク管理であった。
注目すべきは、PayPalが動いた経緯である。同社の副社長は当初、国務省から違法だと通知されたと語った。だが国務省はこれを否定し、PayPal側も発言を訂正する。実際に存在したのは、国務省がウィキリークス宛てに送った公開書簡だけだった。自分宛てですらない一通を読んで、PayPalは口座を凍結したのである。(BBC「PayPal says it stopped Wikileaks payments on US letter」/Foreign Policy「State Department: We did not ask PayPal to cut off WikiLeaks」)。
ウィキリークスへの決済遮断を命じる裁判所命令は存在しなかった。それでも資金調達の手段を断たれ、ウィキリークス側によれば収入の95%を失ったという。
「法律の線」より「訴えられない線」を選んだ
起きたことは、たったこれだけである。カードが使えなくなった。それで組織は干上がった。銃弾も令状も、一発も使われていない。
なにより、少なくとも公表された法的命令として、アメリカ政府がVISAやMasterCardに「ウィキリークスへの決済を止めろ」と命じたものはなかった。政治的な圧力が加わるなか、VISAもMasterCardも動いたのだ。自らの判断で、である。
命令がないのに、なぜここまで動くのか。
両社がアメリカに本社を置く企業だから、というのが答えの半分だ。アメリカの法に触れれば、自分たちが終わる。だが残りの半分はもっと厄介である。
VISAとMasterCardは、200以上の国と地域で事業を展開している。国ごとに違う基準を作っていたら、運用が成り立たない。どこかに合わせるほかなく、その基準は自然と、最も訴えられて痛い国のものになる。日本の法律は関係ない。ドイツの法律も関係ない。アメリカの訴訟リスクだけが、世界のデフォルトルールになる。
しかも企業の基準は、合法かどうかではなく、訴えられるかどうかである。負ける可能性が少しでもある取引は、最初から全部やめておく。だから、企業がリスクと判断する範囲は、法律が禁じている範囲より常に広くなる。
これは、200以上の国と地域の面倒を一度に処理しようとした結果である。検閲を命じた者は、どこにもいない。