被害者の心の傷を考慮しているか
性暴力を被害者の側から取り上げる際、よく問題にされるのは、司法手続きの中で被害者が受ける二次加害や社会における誹謗中傷だ。一方で被害者がPTSDを発症し、どれだけ大変な思いをしているか触れることはあっても、その先に話が進むことは少ない。PTSDの発症と治療は社会問題として取り組むべきことではなく、まるで被害者が自己責任で何とかしなければならない領域のように扱われてこなかっただろうか。
それは、トラウマやPTSDについてのリテラシーが低く、被害者らが適切な心理支援を受ける機会が極めて限られている日本社会の現状を映し出してもいる。言い換えると、性暴力被害者については司法の場での救済が図られるだけでなく、トラウマやPTSDから回復して日常生活に戻るための公的支援が必要であるのに、この点については十分光が当たっているとは言えない。
性暴力は暗数が大きいと言われる。2022年に行われた内閣府の調査では、16歳から24歳の若年層のうち4人に1人以上が何らかの性暴力被害に遭っているという結果が出ている。これまでの蓄積を考えると、非常に多くの人が心理的な傷つきを抱えたまま、適切な支援を受けることなく放置されてきたということではないだろうか。性暴力サバイバーの視点から見た『Black Box Diaries』はそうした日本社会の暗部の存在も浮き上がらせている。
PTSDから回復するためには?
では具体的に、どのような問題があるのだろうか。日本フォレンジックヒューマンケアセンター代表理事の長江美代子氏は、名古屋で性暴力被害者のための「ワンストップ支援センター」の立ち上げと運営に携わり、「性暴力対応看護師」(SANE)の養成も行ってきた。長江氏によると、アメリカでは、性暴力やDV、虐待の被害者の相談窓口である「Family Justice Center」(ファミリー・ジャスティス・センター)に行くと、そこで警察対応や傷ついた身体のケアだけでなく、トラウマやPTSDから回復するためのセラピーまで、一連の流れの中で受けることができるようになっている。
国を挙げてPTSDに特化した治療法を開発してきたこともあり、PE(持続エクスポージャー療法)やEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)など、エビデンスに基づいた効果の高い治療法がアメリカでは確立されている。各治療法に沿って行われるセラピーも10回程度まで保険でカバーされる。PTSDは、被害を受けてから3カ月までの急性期にできるだけ早く治療を受けることで、発症や悪化を防げる確率が高まる。このようにして、より回復が難しくなる慢性期に移行しないための措置が取られている、と長江氏は話す。