高い柵にゴンゴン頭をぶつけて…
「乳児院でも赤ちゃんのお世話、ミルクを飲ませる、おむつを替えるなどは同じです。が、職員は代わりばんこ、今日、ミルクを飲ませてくれた人と明日の人が違う。赤ちゃんは目が見えなくても、声とか匂いとかでちゃんとわかっている。複数の職員が入れ替わり立ち替わりの環境では、不安にならないわけがない。乳児院は必要なものではあるけれど、授乳一つとっても、長期間そのような育てられ方をしたらどうなるか。
生後5、6カ月ほど経ったら、赤ちゃんにも意思が出てきます。乳児院では柵のあるベッドに赤ちゃんを寝かせています、その柵は、赤ちゃんが落ちないように高くなっています。寝る時間になるとその柵に頭をゴンゴンぶつけたり、指しゃぶりをしながら、赤ちゃんは自分で自分をなだめて一人で眠るのです。一人ひとりの赤ちゃんに職員が寄り添うのは不可能なのです」
かつて私が里親家庭を取材したとき、養育里親は乳児院から2歳でやってきた里子を、「ロボットのような赤ちゃん」と表現した。
「全く表情がないの。ロールパンを口に咥えて、両手にもパンを持って、それでもさらに口いっぱいに頬張ろうとする。満腹というのを知らないの。病院でも電車でも、知らない人のカバンを開けて、物をどんどん出していく。これって、愛着障害なんです」とその里親は語った。
愛着障害――児童虐待の後遺症
「愛着障害」――、児童虐待の後遺症で避けて通れない大きな問題だ。「愛着」とは養育者と赤ちゃんの間に築かれる信頼の絆のようなもの。「愛着」という安心基地をもらえた赤ちゃんは、他者や世界を信頼し成長していくことができるが、それを得ることがなかった場合、人との距離がつかめなかったり、衝動性が抑えられなかったり、問題行を繰り返し起こすという、大人になっても生きにくさを抱えて生きることとなる。
すべての赤ちゃんが幸せに育ってほしい――そのためにも、親が育てることができない赤ちゃんを施設ではなく子どもを待ち望む里親夫婦に託し、特別養子縁組の手続きをして、法律的にもわが子となる「愛知方式」が重要なのだ。
「『赤ちゃん縁組』という手法で早い時期に、親となる特定の大人に養育を託する大切さをわかってほしいです。赤ちゃんにとって一番必要なことです。妊娠初期は妊娠に気づかず、栄養をちゃんと摂っていなかったり、お酒や風邪薬を飲んでいたり、母体の健康状態はよくないことが多いです。やっとこの世に出たと思ったら、十月十日慣れ親しんだ匂い、鼓動、声から離されてしまう。赤ちゃんとしては不安で仕方がないと思います。ジーっと声を出さず耐え忍ぶか、不安で泣き続けるか、赤ちゃんによって違います。
「だからこそ、心から子どもを望む夫婦に迎えてもらって、『大丈夫だよ』って声かけして、抱っこしてもらい、オムツを替え授乳してもらうという営みの中で育つことが、いかに大事なことか。特定の人に、『かわいい、かわいい』って育てられると、かわいい赤ちゃんになるんです。1歳まで乳児院にいて養子縁組前提で里親に引き取られた子がいます。1歳でも時に大人をにらみつけるような目つきをします。育てる側にわざと嫌なことをして、養親さんの中には、『もう少しで、たたいてしまいそうになったよ』と言った方もいました」