戦前には「武良温」「利茶道」「六十里二」
名づけには、その時代、その社会に足りないもの、求めて得られないものが表現されます。
わかりやすい例では、人が信じられなかった戦国の時代は、信長、信玄、謙信などのように「信」の字が好まれました。勝ち目のない泥沼の戦争をしていた時は、勝、進、勇などの字が大人気でした。また戦前戦後の食糧難の時代には、実、稔、茂、豊など収穫をあらわす字が多く使われました。
平成以後は、動植物、太陽、空、海などの自然界に関係する字が名前にあふれています。これは自然が破壊されていくことに対する不安感のあらわれとみることができます。
ところで平成の時代に話題になった「キラキラネーム」というのは、決まった定義はありませんが、一般的には、
といった珍しい、奇抜な名前をさします。これは平成の新しいトレンドのようにも言われましたが、じつは古くからある名づけの一種で、森鴎外や与謝野晶子が子供たちに奇抜な名前をつけたことも有名です。また、
などといった名前が昭和の初期にもつけられています(荒木良造『名乗辞典』東京堂出版)。ただ昔は、それを多くの人がマネすることはありませんでした。
「奇抜な名前」が流行した背景
ところが平成の時代は、珍しさにこだわった名前が増え、多い時期には全体の3割近くを占めるようになり、ひとつの流行になりました。
その流行は何を意味するのでしょうか。それはその親たちがどんな環境で育ったのか、時計をさらに20年ほど戻してみると見えてきます。
当時は右肩上がりの高度成長期で、経済的には恵まれた、安定した社会でした。しかし言いかえれば全国の中高生が有名大学、有名企業といった同じ人生目標を与えられ、同じような教材を使って同じ受験競争を強いられていて、自分自身で自分独自の道を切り開くという発想は起きにくかったのです。
そんな空気の中にいた人たちの一部が、のちに親になって、自由と個性を盛んに口にし、奇抜な名前にあこがれたのです。それは、「もう管理されるのはうんざりだ」という無意識の叫びであり、わが子の名づけだけが「人との違い」を示し、管理社会への抵抗を示すチャンスだったのだろうと思われます。まさに自主性、個性の欠乏感という何とも気の毒な背景があったわけです。


