不登校の子どもの親は頑張りすぎている
まず、「親御さんが自分自身を大切にすること」と、「お子さんが学校へ通うようになったり、社会とつながりを持ったり、自分の人生を主体的に歩んでいくこと」とが、どのようにつながっているのかについて考えてみましょう。
不登校のお子さんを持つ親御さんが自分を大切にできていないというのは、例えば次のような状況です。
仕事では強い責任感を持ち、日々頑張っている。家計のために働き続け、年齢的には役職を持ち、社会的な責任も重くなっている。
一方で、仕事が終わって帰宅すれば、家事や家庭のことに追われる日々。
そして、お子さんがなかなか動き出せない状況が続く中、精神的な負担はさらに大きくのしかかってくる。
このような状況を「自分を大切にしていない」と表現するのは、残酷に聞こえるかもしれません。親御さんは「自分が頑張らなければ」という想いで、真剣に日々を生きていらっしゃるからです。
その姿勢を否定したいわけではありません。
ただし、そうした日々の中で、「これは本当に“自分を大切にすること”につながっているのだろうか?」という問いを自分に向けてみたときに、「実は無理をしていたかもしれない」「頑張りすぎていたのかもしれない」と、気づかれる方も多くいらっしゃいます。
「疲れた親」が子どもに与えるメッセージ
親御さんが自分自身を大切にできない状態にあるとき、子どもたちはどう感じるのでしょうか。
子どもにとって親は、最も身近な人間関係であり、社会とのつながりそのものと言える存在です。
そのため、子どもが将来のことを考えたり、自分の人生を想像したりするとき、無意識のうちに親の姿を自分の未来の延長線として見るようになります。
たとえば、僕の父は非常にストイックに仕事へ取り組む人でした。
仕事においては一定の成果を上げていたものの、強いストレスを抱え、それが家庭内にも影響し、ピリピリした雰囲気を生んでいました。そうした様子を見ていた僕は、「仕事って楽しそうだな」「自分もあんなふうに働いてみたい」とは、なかなか思えなかったのです。
僕自身がそうだったように、僕たちは知らず知らずのうちに、親から大きな影響を受けて育ちます。そして同様に、今、あなたのお子さんも、親であるあなたの在り方から多くの影響を受けているのです。
たとえば、あなたが仕事で無理をしていたり、責任感の重さに押しつぶされそうになりながらも、家のことにも一生懸命取り組んでいたり、さらにお子さんのことで心を痛め、心労が溜まっているとしたら――お子さんの目には、「人生は苦しいもの」「人間関係は負担が多いもの」「働くことは辛いもの」という印象が映ってしまうかもしれません。
そうなると、子どもは「我慢して頑張っても報われないんじゃないか?」「学校に行く意味ってなんだろう?」と考え、ついには「だったら、もう頑張らなくていいや」と、人生そのものに対して投げやりになってしまうこともあるのです。


