憲法改正が参院選の争点に浮上する中、元陸上自衛隊陸将補の木元寛明氏が上梓した小説『ある防衛大学校生の青春――治安出動はついに訪れず』(光人社NF文庫)が注目されている。
木元氏は防大卒業後、陸自で戦車連隊長や主任研究開発官等を歴任。陸自富士教導団所属の戦車中隊の小隊長として“幻の治安出動”を経験した。
治安出動は防衛出動と並ぶ自衛隊の基本任務。暴徒鎮圧のため軍隊が出動し治安を守ることだ。治安、防衛出動とも首相が決断し防衛相が出動を命じる。
無論、自衛隊創設以来1度も行われたことはないが、同書によると、治安出動に備えた「待機」はあったという。日米安保条約改定を控えた1969年の「国際反戦デー」(10月21日)前日のことだ。
この日、戦車隊を含む陸自部隊は、11月2日に神宮外苑で挙行される陸自中央式典に備える名目で、市ケ谷、朝霞、練馬の各駐屯地で待機していたが、実際は治安出動に備えた行動だった。
反戦デーの当日、過激派は従来の投石や火炎瓶に加え、新たに鉄パイプ爆弾やピース缶爆弾などの殺傷能力の高い凶器を使用し、警視庁機動隊と激突。市街戦の様相を呈し、都市機能が一時マヒした。
政府は、暴徒鎮圧に失敗した場合に備え、治安出動も想定していたが、警視庁が3万2000人の機動隊員による史上空前の警備体制を敷き鎮圧に成功。幸いにも治安出動は行われず、市民と軍隊が衝突する最悪の事態は回避された。戦車には催涙ガス放射機やA4機関銃の実弾(単発式で暴徒の足などを狙撃する)も搭載されていたという。
木元氏は「治安出動の準備は事実。準備の正式な記録はどこにもなく、裏付ける証拠は何もないが、私を含め実際に体験した人はいます」と語る。
「もし治安出動していたら中国の天安門事件のような大きな過ちを犯していた。政府は自衛隊をつくり、軍隊として防衛・治安出動ができるようにしているが、憲法には自衛隊の記載すらない。政府は自衛隊は国内法上は軍隊ではないが、国際法上は軍隊に相当すると言い張っている。こんな無責任な国家はほかにありません」