何よりもタイトルがいい。「不連続」。我々はどうしても、過去・現在・未来の3つが連続していることを前提に将来を予測してしまう。たとえば、著者の専門である為替相場の場合、日米金利差でドル円相場が決定されると考えているなら、まず金利差がどうなるかを考える。日本の金利はもう下がりようがないので、米国の金利に注目する。米国の金利が上昇するなら、ドル高円安だと予想する。では、米国の金利はどうなれば上がるのか。米国の景気が改善し、インフレ率も上昇すれば金利も上がると考える。米国の景気は雇用統計で測る。結果、誰もが固唾を呑んで雇用統計を見守ることになる。その時々の流行り廃りはあるものの、年がら年中、こういうことの繰り返しである。為替相場や株式相場のような観察対象を要因分解し、切り刻んでわかったような気分になっている。

しかし、著者の相場に対するアプローチはまったく異なる。相場そのものを生き物のように扱う。相場がどちらにいこうとしているのかを、目を見開き、耳を澄まして読み取ろうとする。「相場は相場に聞け」は、古くから伝わる相場格言だが、実践している市場参加者は少ない。せいぜい、相場ではなく周りの人間の言動を四六時中気にしているくらいが関の山だ。「外人が買っているから上がる」というよくある解説など、その典型だろう。著者はこれを邪道だと切り捨てている。「コレコレの材料で投資家が株を売ったから下がった」のではない、「相場が下がったので、投資家が売った」と考えるべきだと言う。

主語は投資家や指標ではなく、あくまでも「相場」なのである。その相場の呼吸を測るために、著者は黄金分割という数字を使う。詳しくは本書を読んでいただきたいが、相場の日柄、価格にあらかじめ重要と定めた数値を当てはめることで理解の一助にしている。

無論、百発百中ということはないが、相場を生き物として扱うなら、これくらい1つの物差しに集中し、ノイズを遮断したほうがいいのかもしれない。ノイズには我々の欲や恐怖も含まれる。カッコよくトレードしたいという思いも雑念である。論理的であろうとすることも、相場には関係がない。前述の例に戻るなら、為替相場は金利差で決定されるときもあるが、常にそうではない。あるとき突然、ゲームのルールが変わってしまうのだ。こうした不連続な動きに、普通はついていけない。前を歩く人が、信号が赤でもないのに突然立ち止まることは予想できない。しかし、相場とはそういうふうに振る舞うものなのである。本書はそれを繰り返し教えてくれる。

著者は変動相場制移行前から40年以上、為替相場に携わっている。何でもかんでも要因に分解することが科学だという発想に染まった人には理解できない面もあるかもしれないが、相場を理解するうえでは必読の1冊であろう。