インドラは、インド最古の聖典『ベーダ』の主神であり、“宝玉をちりばめたインドラ網”とは、1つ1つの宝玉の輝きは他の宝玉に映し出され、また全体の輝きは各宝玉に反映されるという意味だ。つまり、人間も含め、形あるものは、すべて他とのつながりで成り立っており、人という存在も、空気や大地など、自分を取り巻くものによって成り立っているという、仏教の根幹を成す概念である。

また、ジョブズ氏は、アップルの基本理念を「フォーカスとシンプルさ」と定義し、「シンプルであることは、複雑であるより難しい」と語っていたが、これも禅の教えそのものだ。ジョブズ氏の徹底したミニマリスト志向も、世界を変えた「iPhone」や「iPad」などの機能やデザインも、禅の理念を彷彿させる。

サーマン教授は、「仏教学者の鈴木大拙や(禅を欧米人に広めた)哲学の京都学派を通し、米国でも、素朴でシンプル、かつシャープな禅の審美眼は広く知られているが、ジョブズ氏の製品は、まさにその投影だ」と分析する。

一方、秋葉老師は、ジョブズ氏がガンを宣告されてから数々のヒット作を飛ばした理由をこう考察する。

「仏教では、死を背負って生きていくことが最強とされる。短い人生、生あるうちに精進し、人の利益になるよう働けば、それが自分にも返ってくる。(道元禅師が説いた)『利行は一法なり』だ」

知野老師は「禅の修行の真の目的は、自分のなかにある知恵を見いだすこと」と説いた。亡き師の教えどおり、ジョブズ氏も、死と直面したことで、自らの内なる声を悟ったのか。そして、真実は日常のなかにあるという禅道にのっとり、生き急ぐかのように、誰もが生活の一部として簡単に使える製品の開発に全力を注いだのかもしれない。