ランニングは最良の抗うつ剤

ここまで見てきた脳の器質的な部分とは別に、脳内で働く神経伝達物質の分泌についても、運動がポジティブな効果をもたらすことがわかってきた。

たとえば、代表的な神経伝達物質にドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどがあるが、そうした物質が脳と身体を行き交うことで、人間はさまざまな思考や感情などを生み出している。ドーパミンは運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わる。セロトニンは気分、不安、衝動、学習、自尊心などに関わり、その不足がうつ病などの精神疾患につながると考えられている。ノルアドレナリンは覚醒、警戒、注意、気分に影響し、やはりうつ病の治療で注目されている。

これら重要な神経伝達物質も、ランニングによって増えるのである。

PTSDなどのストレス障害、不安障害、うつ病、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、薬物依存症、女性のホルモン変化の問題(月経前症候群、妊娠、産後うつ、閉経)、加齢に伴う認知症、アルツハイマー病……さまざまな症状の治療と予防に運動を採り入れる研究が行われ、多くの症例について疫学的な正しさが確認されつつある。

外部から薬の形でとらなくても、体内で効果のある物質を作り出せるのなら、それに越したことはないはずだ。

とくにこれからの高齢化社会において、誰もが気になるのが認知症、アルツハイマー病だが、運動の習慣があればかかりにくくなる、あるいは発症時期が遅くなるというデータも出ている。

「転んで骨折するなどの危険さえ避ければ、高齢者でもどんどん運動はすべきです。トレーニングをすれば、年齢に関係なく脳を鍛えることができます。知的能力と運動能力を高めながら、自ら健康を維持する。それが『脳のよい人』だと思います。ともかくこれだけいいことずくめなのだから、走らなきゃ損ですよ」と久保田先生は笑う。

運動はいつ始めても遅くはないのだ。