2012年11月9日(金)

中堅社員:部下を変える前に、まずは自分を変えよ -実例「私がやる気満々になった!」上司の声かけ【2】富士フイルム/TDK

PRESIDENT 2010年9月13日号

著者
稲泉 連 いないずみ・れん
ノンフィクション作家

稲泉 連

1979年、東京都生まれ。2005年、『ぼくもいくさに征くのだけれど』で大宅壮一ノンフィクション賞を史上最年少で受賞。その他の著書に『仕事漂流』『復興の書店』など。

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稲泉 連=文 大杉和広=撮影

「できる上司」より「できた上司」

富士フイルム→「多面診断」で自己評価とのズレを知る

うまく言葉にできないけれど、何故かこれまでのような一体感を抱くことができない。不満はないが、いまひとつマネジャーとしての自分に自信が持てない――。

富士フイルム医薬品・ヘルスケア研究所の主任研究員・小山田孝嘉さん。

富士フイルムのエンジニア・小山田孝嘉主任がそう感じるようになったのは、長年在籍した部署から他部署に異動した4年前のことだった。

入社以来、足柄の研究所でレントゲンフィルムの開発を続けてきた。その頃はチームの年齢層が自分と近く、仕事に対する「一体感」も感じることができていたのだが……。医薬品開発を行う現在の研究所に移ると、10人ほどの研究メンバーの平均年齢がぐっと下がったのだという。

「チームの若手たちは指示を出せばしっかりとこなしてくれるし、研究開発のスケジュールが遅れているわけでもありません。ただ、以前は一つ方針を言うだけで、みんなが自然に後から付いてくるという感覚があった。その感覚がなくなって、年上の自分だけが1人で突っ走っているような気持ちが強くなってきたんです」

ちょうどそんな思いにかられていた2年前、小山田さんはある研修に参加した。同社では課長級の社員1200人に対してチェンジマネジメントプログラム(略称CMP)を実施している。これはマネジャーの意識改革を目的とする研修で、2泊3日の合宿で個々の現状の課題を抽出し、6カ月後と1年後にその課題に対してどう向き合ったかを再評価する。他部署の課長職と過去の「ベストジョブ」について語り合ったり、部下や上司が48項目の設問に回答した「多面診断」を分析したりしながら、自己評価と他者評価のずれを浮かび上がらせていく。

そのなかで小山田さんが気付いたのは、自らが抱いてきた「理想の上司像」を軌道修正しなければならない、という思いだった。

「多面診断に部下が匿名のメッセージを書く欄があるんです。読むと、自分の弱さを見せたほうがいいのではないか、という意見が多かった。もっと僕らにも相談してくださいよ、と若手たちは考えていたんですね。私の目指すマネジャー像は、かつての自分の上司の姿にありました。すべてに正解を持っていて、何を聞いても答えてくれる“できる上司”。でも、それだけではダメなんだ、と気付かされた思いでした」

CMPの担当者である人事部の蔦永秀樹部長は、小山田さんが抱いたこの問題意識が、同社の多くのマネジャーに共通するものだと指摘する。

富士フイルム人事部担当部長の蔦永秀樹さん。

「40代の管理職の胸の中には、自分を育ててくれた昔ながらの上司像が深く根付いています。悩みや弱みを決して見せずに、指導力を発揮する強い上司。そういう上司を見てきて、自分も同じようにならなければならない、というプレッシャーを強く感じてしまう」

しかし商品開発のペースが当時より速くなり、内容も多様化するに連れて、そのイメージはもはや通用しなくなってきたのではないか。それに応じて会社側がマネジャーに求める資質も、状況の「変化」に柔軟に対応し、課題をチーム全体で解決する力へと変わっていったところがある。また、近年は同社でも大きな事業構造の改革があり、今や一つのプロジェクトに様々な専門性が求められてもいる。「すべてに答えを持つ上司」を目指すことは、当事者にとって大きな重圧になりかねない。

「明確な答えを持つ“できる上司”を目指すのではなく、チーム全体の意見を聞きながらともに考える“できた上司”になろう」

そう思ったとき、自らのマネジャーとしての新しい役割が、明確な形になって見える気がした。小山田さんにとって、それは研究開発のリーダーとしての自信を取り戻すきっかけとなる。

「もちろん最初は上手くいったりいかなかったり。でも、研修での気付きを原点にしながら、少しずつマネジメントの手法を変えてきました。一つの上司のイメージにこだわらなくてもいい。そんなふうに選択肢を自分の中に持てるようになったことが、働くうえでのモチベーションに繋がったんです」

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