日本経済は厳しい。ドル換算の日本のGDPはほぼ30年前の水準まで落ち込んだ。作家の佐藤優さんは「今こそ、『御伽草子』の一篇である『猫の草紙』という話を読んでほしい。現状の日本という国のサイズを見直すうえで、時代を超えて迫るものがある」という――。(第3回/全3回)

※本稿は、池上彰・佐藤優『人生に効く寓話』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

鼠を加える猫のイメージ
写真=iStock.com/Анатолий Тушенцов
※写真はイメージです

◎あらすじ

昔、京都の町で鼠が台所の食べ物を盗んだり、戸障子をかじったり、いたずらのし放題をして、みんなが困ったことがあった。それであるとき、お上から、家々の飼い猫の首につないだ綱を解いて放すよう、お触れが出た。自由になった猫たちは、大喜びで町中を駆けまわり、世の中はさながら猫の世界のようになった。

天敵の出現に困った鼠は、寺の和尚に「もう一度猫を家の中につなぐよう、お上に頼んで欲しい」とお願いに行くが、「悪さをしたお前たちの自業自得で、どうしてやることもできない」と断られてしまう。一方、鼠がお願いに行ったことを知った猫も和尚のもとを訪ね、「我々が再びつながれたら、鼠はまた悪さをするに違いない」と話し、和尚は「鼠の言うことは取り上げないから安心しろ」と対応する。

追い詰められた鼠たちは、猫と戦うことを決意し、迎え撃つ猫と対峙たいじする。まさに戦いが始まろうというときに、話を聞きつけた和尚が仲裁に入った。そして鼠の軍を、「お前たちが死に物狂いになっても、猫にはかなわない。悪さをしないと誓うのならば、猫にお前たちを取らないように言ってやろう」と諭す。鼠が喜んでその提案を受け入れると、猫の軍に向かって「ああ言うのだから、これからは鼠をいじめるな。ただし、もし鼠がまた悪さを始めたら、食い殺してもかまわない」と話し、猫もこれを受け入れた。そして、「咎のない鼠を取るのはやめましょう」「よけいな人のものを取ったりいたしません」と口々に言いながら、猫と鼠たちはぞろぞろ帰っていった。

(「猫の草紙」楠山正雄)

ドル換算の日本のGDPは30年前の水準まで落ち込んだ

【池上】主として室町時代から江戸時代の短編物語である「御伽草子」の中の一篇ですが、あまり有名な話ではないと思います。佐藤さんが、ぜひこれを取り上げたいと考えたのはなぜなのでしょう?

【佐藤】現状の日本という国のサイズをどう見るのか。そういうことをあらためて見直すうえで、ここに出てくる猫や和尚さんの言葉は非常に的確というか、時代を超えて迫るものがあると思ったからです。

【池上】「現状の国のサイズ」というと、「失われた30年」を経た日本の姿ということでしょうか。

【佐藤】そういうことです。ドル換算の日本のGDP(国内総生産)は、行きつ戻りつしながらもほぼ30年前の水準まで落ち込みました。

【池上】かつて日本はアメリカに次ぐ経済大国だったのですが、名目GDPは2010年に中国に抜かれ、さらにドイツに肉薄されていて、世界第4位への転落が現実味を帯びています。人口が日本の1億2400万人に対してドイツ8000万人ということを考えれば、由々しき事態と言えますね。