鈴木敏文●セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO。1932年、長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)入社。63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設して日本一の小売業に育てる。2005年セブン&アイ・ホールディングスを設立する。

【鈴木氏】私はこれまで数々の商談の場に臨んできましたが、成功する秘訣を一つあげるとすれば、「成否を分けるのは話術ではなく、論法」ということです。

例えば、セブン-イレブンを日本で創業するため、本家の米サウスランド社(現セブン-イレブン・インク)のトップと交渉したときのことです。交渉は難航し、ロイヤルティ(権利利用料)の率で最後まで揉めました。先方が要求したのは売上高の1%、こちらの主張は0.5%で、あまりにも大きな隔たりです。

しかし、率をテーマにしている限り、相手の手の中での話になってしまい、どんなに話術を駆使しても、隔たりを埋めるのは容易ではない。そこで私は、率をテーマから外そうと考え、提案しました。

「あなた方が最終的に求めるのはロイヤルティの額でしょう。ならば、率を下げて、われわれが出店資金を確保しやすくし、店が増えて成功すれば、結果として額は上がっていく。率を上げるより、額を上げる考え方をしたほうがいいのではないか」と。これは「話術」ではなく、「論法」です。結局、先方が大幅に譲歩し、0.6%で妥結しました。

先方の判断には理屈だけでなく、心理的な要素も多分に影響していたと思います。人間は利益と損失を同じ天秤では測らず、利益より損失のほうを大きく感じます。1万円もらえる満足より、1万円失う痛みのほうがこたえる。ロイヤルティの率を下げるのは、先方にとっては得られるお金が失われる話で、心理的に大きく感じられ、不満を感じたでしょう。だから容易に受け入れられなかった。

そこで率から離れ、額に目を向けさせる。得られるお金の話にする。率を下げるのは損失ではなく、利益に結びつくとわかれば、不満から期待へと心理が逆転する。話術ではなく、相手の心理を読んだ論法によって、初めて可能になる。