リード・ユーザーの企業にはない行動原理とは

同スポーツは製品、テクニック、インフラのすべてが揃ってこそ楽しむことができる。競技を楽しむにはインフラのイノベーションが必要だし、革新的消費者は自分が楽しめれば他の消費者が同じように楽しんでも一向に構わない。だからインフラのイノベーションを行ったらイノベーターは無料で他の消費者に開示する。こうした行動原理は企業にはない。インフラストラクチャーのイノベーションのすべてを消費者が行っていた理由はそこにある。

さらに興味深いことに、調査の結果、メーカーに比べリード・ユーザーははるかに効率的にイノベーションを行っていた。リード・ユーザーが投下していたイノベーション費用を単位当たりで製造部門のそれと比較すると製品イノベーションで7.8倍、テクニック・イノベーションで3倍、効率的(つまり低い費用金額)だったのだ。ここですべてのユーザーではなくリード・ユーザーのイノベーション費用を企業のそれと比較しているのには理由がある。リード・ユーザーが行うイノベーションが高い市場潜在性を持つことが既存研究で明らかになっているからだ。企業は市場魅力度が一定以上あると判断できるイノベーションにのみ投資する。できるだけ比較する費用の対象を同じにするためイノベーションをリード・ユーザーによるものに絞ったというわけだ。

では、どうしてリード・ユーザーは企業よりも低い費用でイノベーションを実現できたのか。あくまでも推測の域を出ないのだが3つの説明の仕方がある。1つ目が企業の開発担当者に比べてリード・ユーザーは自分の一番関心のある領域に努力を集中できるということがあるだろう。縦回転にこだわり、これまで誰もしていない縦回転で滝を降りることに挑戦してみたいと器具や技を開発するリード・ユーザーを想像してみるとよい。一方、企業の場合、特定の属性に特化した製品やテクニックの開発だけに資源を集中することは難しい。そこでの経験効果の差が出たという説明だ。

2つ目はリード・ユーザーのほうが企業よりもそのスポーツ種目について専門知識があるからというものだ。リード・ユーザーにはトップクラスの競技者が含まれる。彼(彼女)が編み出すテクニックやそれを実現する製品を本人以外が思いつくのは難しい。

3つ目の説明は以前、本連載でも触れた多様性(http://president.jp/articles/-/1882)だ。リード・ユーザーたちの知識背景や関心は多様である。メンバーが同じ知識背景や利益動機を持つ企業と比べ、多様性を持つリード・ユーザー群のほうが低い費用でイノベーションを行うことができるのかもしれない。

以上の結果は、冒頭の問いへの肯定的な態度を支持するものだ。インフラのイノベーションのように必要不可欠でも企業は躊躇するイノベーションをユーザーが行ってくれている。しかも特定のユーザーは、企業より低費用でイノベーションを行っている。企業が消費者イノベーションを仕組みに組み込み、共生することは企業と社会にとって望ましい。そう教えてくれているのだ。

(図版作成=平良 徹 PANA=写真)