これまで筆者は、本連載にて「製品開発」段階でのユーザー・イノベーション論を展開してきた。しかし開発段階のみならず、「使用」工程でもユーザー革新が可能であることを、業績好調企業の事例を用いて紐解く。

東京マラソンでのiPhoneの意外な使われ方

社会人で博士課程の学生をしている堀口悟史さんが興味深い話を見つけてきてくれた。消費者がiPhoneのアプリケーション・ソフトウエアを当初意図されていたものとは違う用途で使っている場合があるというのだ。今年2月に開催された東京マラソンでは約3万6000人の市民ランナーが、200万人を超える人たちの熱い声援を受けながら快走した。その声援を送っている人々の中に、Find iPhoneというアプリケーション・ソフトを使って、自分たちが応援しているランナーが、今、どこを走っているのか、確認している人がいたというのである。

その人はiPadを使ってiPhoneを携帯して走っているお目当てのランナーが「今、○○の交差点を通過している」といった情報を確認していたそうだ。

Find iPhoneは、もともとはiPhoneを紛失したとき、その位置を探し出すためのソフトウエアだ。iPhoneにGPS機能が搭載されていることを利用して、設定さえすればiPadやパソコンの画面上にその所在を表示できる。

ところが、ここで取り上げたアップル・ユーザーはそれとは違った使い方をしていた。なくしたiPhoneを探すためではなく、同製品を携帯するランナーが、今どこを走っているのかを特定するために使っていたのだ。

探す相手はiPhoneではなく人だったというわけだ。東京マラソンという晴れの舞台で応援したい相手の走る勇姿を沿道から見逃すことなく熱い声援を送るには、走っている場所をリアルタイムで正確に把握する必要がある。そのための工夫を、アップル・ユーザーが思いついたというわけである。

この話がおもしろいのは、製品やサービスを購入した後に物理的に改造・改変することなく用途変更しているというところだ。その焦点は製品の使用場面にある。

それに対して筆者がこれまで本連載で紹介してきたユーザー・イノベーション論は「製品開発のアイデア創造(ideation)段階」に焦点を当てている。

ユーザーはideation段階でこれまで以上の重要な役割を演じることができると考えているのである。堀口さんが紹介してくれた事例はユーザー・イノベーション論のこうした見方とは異なる、ユーザー革新のあり方を示唆している。

製品開発時といった前工程でなく製品「使用」という後工程でユーザーが製品に手を加えず用途革新を行っている可能性があることを示しているのである。