起業するより「良い会社」に勤めることの方が難しい?

自分で会社をつくりたいという理由は、必ずしも前向きなものだけでなく、勤め先の待遇が良くないというネガティブなものもある。起業するということは、恵まれた若者がさらに大きなチャンスをつかむためにするものだけでなく、学業を修めたけれど「良い会社」に勤められない人がするものでもあるのだ。

先日、中国の友人に会ったときに子供の話になり、海外に留学させたいと言っていた。ひと昔前であればお金持ちの家庭が、より教育水準の高い外国で子どもを学ばせたいからだったが、今は大金を払ってでも、子供に国内の過酷な受験戦争をさせたくないから留学させたいという中流家庭が出てきているのだ。厳しい受験をくぐり抜け大学を出たとしても、待っているのは就職難だからだ。

運よく就職できたとしても、都市部での生活は非常に苦しい。給与は上がっているものの、地価が異様に高いのだ。上海の郊外にある、日本人から見たらどうみても質の悪いマンションでも、5000万~1億円くらいする。

さらに中国には、1980年代に改革開放されてから最近まで、男性は家を買わないと結婚できないという暗黙のルールがあった。さすがに昨今はそうでもないパターンも出てきているが、それでも普通に家を買って結婚して生きていくためには、サラリーマンだけではやっていけないという感覚がある。

一方起業した場合、その会社の利益が自分の収入に直結してくる。日本だと起業はリスクが強調されるが、それは企業に勤めている方が少ないリスクで生活できる保証が得られるからだ。だが中国には、起業するのはリスクだが、じっとしていても良い生活は送れないという危機感があるため、起業するまでの決断や行動が早い。

起業しなければ一生使われるだけ

中国人が企業に勤めるより起業したほうが良いと思うもう一つの理由に、「(人を)使わなければ一生使われるだけ」という強烈な資本主義の論理がある。

日本企業には今も、現場の意思決定を大事にする、現場主義ともいうべき風土が残っている。上司のむちゃな命令は受け流すこともあるし、同僚と上司の悪口を言うのも見慣れた光景だ。上司への進言も、酒の席では無礼講として許される文化がある。

一方中国では、日本とは比べものにならないほど上司の命令は絶対である。トップの意思決定で会社の方針などすべてが決まり、日本でいうところのワンマン社長が当たり前だ。そのような経営者や上司の下では、自分の意思を通すことは難しい。そもそも終身雇用という概念もなく、中小企業はいつ会社が無くなっても不思議ではないため、会社のために働くというより、自らのスキルを高めるという個人の目的が当たり前に先に立つ。

余談だが、昨今日本では「人生100年時代」「働き方改革」という言葉をよく耳にし、ライフワークバランスも話題になっている。だが、そもそも会社の肩書の方が個人よりも信頼され、会社に属する感覚が強い日本では、自分の人生に合わせた働き方は難しい。その意味では、中国はワークライフバランスの前提はとっくに乗り越えている。彼らにとってライフとワークはバランスを取るものでなく、ワークはライフのためにあるというのが当たり前だからだ。

さらに、中国が経済発展を果たした2000年以降に生まれ、今年18歳を迎える世代は「00後」と呼ばれ、上の世代とは異なる価値観を持っている。お金のために働くという感覚が少なく、自分の感性を大事にする新しい世代と言われているのだ。これまで述べたような、お金もうけを目的に起業する貪欲な個人は、10年後には減っているかもしれない。自分の思いをしっかり持ち、ビジネスではなく別の形で自分を大事にする人が増えてくるだろう。中国は、私たちが想像するよりずっと速いスピードで変わっている。