遠方への入所を望む区民はいなかった

まず、目につくのは、ほとんどの区で入所希望者がゼロだったことだ。結果として入所したのは、品川区が4人、大田区と荒川区が1人ずつで、合計6人だけだった。

入所希望がないことについて、各区の意見はほぼ共通している。「第1優先は区内であるし、入所希望者も遠くは望んでいない」(墨田区)、「区外の遠いところへの入所は、希望する人が少ないと思われるし、介護度の高い方の移動に問題があるのでは」(台東区)、「遠くに入所させる大きな問題は、移送費が掛かること」(港区)、「区の基本理念は、介護は都内で!」(荒川区)、「現行の介護保険制度では、地域福祉に変わってきているし、区民の多くは遠くへの施設入所は望んでいない」(千代田区)、「遠い」(練馬区)、「遠くへの入所は、身内が悩むところである」。

奥山前町長から「トップセールス」を受けたという23区の当時の担当者に話を聞くことができた。

「舟形町の町長は非常に熱心だったことを覚えています。環境の良さや食べ物のおいしさも確かに魅力的に感じました。当時、違う区の担当者と、本件をどう扱うべきかという活発な情報交換、議論をしていた記憶があります。各区の担当者のほとんどがこの計画に懐疑的でした。当時の担当者間のイメージでは、『東京都23区内の待機者が許せる限度は、本当に困っている人で、ギリギリ埼玉県か東京都青梅市』という認識がありました。そこより遠いとなると、入所者にとって移送がかなりの負担になります。結局、私の区では、遠方への入所を望む住民はいませんでした」(元担当者)

実は特養には「空き」がある

現在、特養の「空き」が社会問題になりつつある。全国の特養のベッド数は約56万床で、52万人が特養への入居待ち状態だとされる。ところが国の委託調査によると、ベッドの稼働率は96%で100%に満たない。その理由は「需要と供給のギャップ」だ。

2年前、国は大量の入居待ちを解消するため、特養の入所要件を厳格化し、5段階の介護度のうち、2以下の場合は原則入居ができなくなった。このため一部の地域では特養のベッドが余りつつあり、利用者の奪い合いが起きている。

一方、ベッドが不足している地域でも、介護士が確保できないため、満床稼働ができない施設が出てきている。国の調査で、「空きベッドがある」と回答した施設に理由をたずねたところ、30%が「職員の採用が困難だ」、38%が「申込者数が少ない」と回答している。

こうした調査結果からは、地方部に特養を整備しても、都市部から移住を希望する人が少ないだけでなく、そこで働く介護士の確保も難しいことがわかる。