高額費用と5年の我慢がすべてムダ

「このところ専門的なトレーニングや経験を積んでいない歯科医が安易な矯正を行って、失敗するケースが目立つようになりました」

こう話すのは、西東京市で矯正歯科の専門クリニックを経営する三村博氏。専門外の歯科医による矯正の犠牲となった子供たちを数多く診察し、強い危機感を抱いている。

たとえば、歯列を広げる「拡大床」という取り外しのできる装置を口の中に5年間も装着したものの、上の糸切り歯が一番前歯の上から出てきてしまい矯正に失敗した子供がいる。三村氏のもとで再治療を行い、幸いにもリカバリーできたが、その子が5年間も口中の違和感に耐えてきたことは無駄でしかなかった。しかも、100万円近く支払った費用は戻らない。

「今、急速に普及しているのが、マウスピース型のアライナー矯正です。2週間に1回程度、形が異なるマウスピースを装着して少しずつ歯を動かす方法で、ワイヤータイプの矯正装置より目立たず、食事や歯磨きのときは取り外せます。ただし、患者さんが常にアライナーを装着していなければならず、適応症も限られています。抜歯しなければ矯正できないケースなどは、アライナー矯正では難度が高く、矯正専門医でも難しい。なのに、十分な経験もないのにやってしまう歯科医がいるんです」

これには裏事情がある。アライナー矯正は、歯科医が歯型をとるだけで、後はコンピュータが自動的にマウスピースを設計、作成してくれる。この手軽さを武器に、メーカーは、一般歯科医にアライナー矯正のマーケットを拡大させているのだ。

日本臨床矯正歯科医会が517人を対象に行った調査では、56%が不適切な治療を受けていた、と判明した(同会公式HPより)。矯正治療も基本的に自由診療で、費用は70万から200万円ほど。インプラント同様に利益率が高い。

矯正治療を始めるにあたり不可欠な「セファログラム」画像。赤線が患者の顎骨と歯のライン。青線で示した平均的なラインを目安に治療計画を立てる。三村博氏提供

現在、矯正治療を標榜する歯科医は2万人超だが、専門性を持たない歯科医が大半を占めている。信頼できる歯科医を見分けるにはどうしたらいいか。三村氏はこう指摘する。

「矯正治療には、正確な診断と治療計画が必要です。特に顔の側面から撮影したセファログラム(写真)の画像がなければ、正確な診断も治療計画を立てることもできません。セファログラムも撮らずに、すぐ矯正治療に入ろうとする歯科医は要注意です」

とはいえ、小・中学生の子を持つ親にとって歯科医から「お子さんは歯並びが悪いから、今のうちに矯正をしたほうがいいですよ」と言われたら、本当に悩ましい。