先日突然、友人のK君に転職の相談をされました。彼は2歳年下の30歳。社会人7年目。社内の立ち位置も見えてきて、大体のキャリア像も描けるようになってきた年頃です。

彼は大手日用品メーカーに勤務し、営業の職についています。出会ったのは僕が前職で北陸金沢に赴任していた頃。誰にでも明るく接し、気が利く彼は得意先にもすぐに浸透し、グングンと成績を伸ばしていきました。結局、担当をしている3年間、売り上げは一度も落とすことなく、最終年には社長賞も受賞したそうです。

金沢で高い評価を受けた彼はその後東京に転勤し、現在は日本最大の小売店本部の担当窓口をしています。業界では誰もが羨む花形のポジションです。

そんな外から見ると輝いたキャリアを歩む彼が、転職したいと相談してきたのです。

しかも営業ではなく、マーケティングの仕事がしたいといっています。

突然そんな話をされた僕は何を話そうかと聞きながら悩んでしまいました。

どうやって応えようか悩んだ末、まずは社内で気まずくなっても異動願いを出してみてはどうか。後悔しないようにできることをやったらどうか、というのが精一杯でした。

本当にあの返答でよかったのか――。

モヤモヤした思いを持ったまま翌週、僕は担当する哲学特集の取材に出ました。

テーマは「デカルト×仕事」。

PRESIDENT 2016年12月5日号発売中!特集は『毎日が面白くなる「哲学」入門』です

取材に向かったのは京都大学の鎌田浩毅教授のところでした。火山の専門家として知られている鎌田先生ですが、ものすごい読書家で、古典をテーマ別に読むべき本とその解説を書いた『座右の古典』という本まで書かれています。その中で、科学者の事始めとしてデカルトの『方法序説』を挙げています。

インタビューが始まり、鎌田先生ならではのデカルトの解釈とそこから編み出した方法論を聞いていきます。新しいアイディアが出てこないときはどうしたら良いか、頑張っても結果がついて来なくて悩んでいる、仕事に追われて時間管理ができない……それぞれの悩みに対して、わかりやすく実際に役立つように解説してくださいます。

最後の質問である転職の話になりました。

「人というのは傍目八目(おかめはちもく)で、往々にして他人の方が自分の能力を的確に評価しているものです。人に言われたままやってみるとピタッとはまって、成功する確率の高いものです。デカルトはその能力を色々な国の特権階級に見初められ、請われて各地を転々とします。晩年、彼は母国であるフランスで生活をしたいと願っていましたが、結局スウェーデンの女王の要請に応じ、その地で生涯を閉じるのです。結果として、彼は国内では会うことができない人と出会い、思想を知ることで独自の理論を確立し、「近代哲学の父」と呼ばれるまでになったわけです」

その後で、こう続けられます。

「僕はデカルトの生き方から学んで、『好きなことよりできること』を座右の銘にしています。何事も無理をしてはいけないのです。理系的に言えば、それは無駄にエネルギーを使っているということになるから。例えば、条件のいい転職の話があったとします。そのときに気をつけなければいけないのは、自分が今高い評価を受けているのに、辞めるという選択肢を取ることです。それは今、最小のエネルギーで最大の成果を出せているということだから。そんないい環境に自分がいるのであれば、今のままトップを目指すべきです。」

その話を聞きながら、この前のK君の相談への回答でモヤモヤしていた僕の気持ちが一気に晴れました。

人が認めてくれている場所で、効果的に結果を出しトップになる――。

K君、やはり君は営業でトップに上り詰めるのだよ。

PRESIDENT 2016年12月5日号では、毎日が楽しくなる「哲学」入門を特集しています。

哲学と聞くと、一見とっつきにくいように見えますが、実際は仕事や家庭など普段の生活で役立つ教えが盛りだくさんです。

ぜひお手にとっていただき、ふだん抱えられている悩みを1つでも解決していただければ幸いです。

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