『それさぁ、早く言ってよぉ~』松重豊さんがビジネスマンに扮するコミカルなテレビCMを見たことがある人も多いのでは。CMで訴求している「Sansan」は、社内にある名刺をデジタル化し、人と人とのつながりを可視化・共有できるクラウド名刺管理サービスである。

初めて会った相手と丁寧に交換するのに、そのあとで名刺をどう管理するかは多くの人にとって悩みの種だ。Sansanでは法人向けの「Sansan」のほか、個人向けの名刺管理サービス「Eight」を提供している。いずれも名刺をスマホアプリやスキャナで読み込むだけで、入力オペレーターが正確に名刺情報をデータ化してくれるというサービスである。

Sansan社長の寺田親弘氏は1976年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒、三井物産出身の40歳。寺田氏はなぜ「名刺」に着目しクラウドサービスを展開するのか? 田原総一朗氏と寺田親弘氏の対談、完全版を掲載します。

シリコンバレーと日本のベンチャー、どこが違う?

【田原】寺田さんは大学を卒業して、三井物産に入社された。物産ではどのようなお仕事をしていたのですか。

【寺田】IT系のビジネスを担当する部門にいました。簡単にいうと、IT商材の輸出入です。たとえばアメリカから最先端のソフトウエアを持ってきて国内で販売したりしていました。

【田原】シリコンバレーにも赴任されたそうですが、向こうでは何を?

【寺田】アメリカから日本に持ってくるのにふさわしい商品を探し歩いていました。私が赴任したのが2001年で、そこから1年ちょっとで百数十社回りました。訪問したのは、5人くらいの本当に小さい会社から、多くても200人規模のベンチャー企業。電話でアポを取って、三井物産の説明をしたり、逆に商品の説明を受けたりしていました。

【田原】寺田さんから見て、アメリカと日本の会社はどこが違いましたか?

【寺田】一般化していいのかどうかわかりませんが、シリコンバレーのベンチャーは、世界観やコンセプト先行だという印象を受けました。具体的なプロダクトより、まず自分たちが社会の何を変えたいのか、どのような価値を生み出そうとしているのかという抽象度の高い理念があって、そこからすべての物語が始まっていくイメージです。それに対して日本の企業は、たとえば「この技術がすごい」というように商品についての具体的な訴求ポイントがあって、そこに物語をつけていく。シリコンバレーとは逆です。

【田原】寺田さんはどちらに魅かれますか?

【寺田】企業のやりたいことによってどちらがいいのかは変わると思います。私たちはアメリカ型。世の中にどのような価値をもたらすのかというところからドライブさせたいなと。

【田原】シリコンバレーで刺激を受けて起業しようと思ったのですか。

【寺田】いえ、シリコンバレーから帰国して、その後は自分が発掘した商品の日本での展開をやっていました。起業したのは帰国して5年後です。物産には8年いたことになります。

ドラッカーで一番好きな言葉

【田原】起業願望はあまりなかった?

【寺田】いや、起業したいという思いは小学生のころから持っていました。小学生って、戦国時代の本を読んであこがれるようなところがあるじゃないですか。私も子ども心に、天下を取りたいなと。いまの時代なら、一国一城の主は自分の会社をつくって社長になることだなと考えました。父親が事業家だったこともあって、それが自然なことのように思えたのです。

【田原】じゃあ、どうして起業しないで三井物産に入ったのですか。回り道しないでもよかったのに。

【寺田】そうですよね。いまなら学生に逆のことを言いますが、当時はビジネスを経験して世の中のことを知っておいた方が良いと考えていました。起業の具体的なネタもなかったし、とりあえず5年ぐらい勤めてからでいいだろうと。

【田原】商社を選んだのはどうして?

【寺田】理由は2つあります。1つは、商社で働く人が他の業界と比べておもしろく感じたから。もう1つは、色をつけたくなかったからです。たとえばメーカーに就職すると、その業界の色がついて起業の選択肢が狭まってしまう。一方、商社はもう少しゼネラルで、可能性も広い印象がありました。じつは必ずしもそうではないのですが、学生時代はそのように考えていました。

【田原】ドラッカーが好きで全集をお読みになったそうですが、それも将来の起業を見据えて?

【寺田】そういうわけではないのですが、たしかに好きで何度も読み返していました。ドラッカーの言葉の中で私が一番好きなのは、「大事なのは答えでなく、問いである」。正しい問いに対する間違った答えは、すぐ修正が利きます。しかし、間違った問いに対する正しい答えは性質が悪い。ドラッカーは、正しい問いを立てるためには物事を見る視点や角度が大事だと説いていますが、そのことはいまも意識しています。